[冬の王冠]
後篇





 まじない師の女弟子はいそいでつり橋を渡った。橋の架かった崖下では、奴隷たちが日蔭に背をまるめて、何かの労働を続けているところだった。 彼らは峡谷の国が戦で得た奴隷たちだった。埃のかたまりのようなその人影の群れは、 黄泉の国を辿る力のない反残兵のように、女弟子の下界にあった。
 冬であるのに、女弟子の額には汗が浮かんだ。
 橋を渡りきると、女弟子はあたりを探した。灰色の馬がその目印になった。暖を取るために戸をたてた小屋の列なりの中に、男の仮住まいはあった。
 こな雪を頭から振り払い、女弟子は戸を叩いた。通りすがりの者が、女弟子に気がついた。
「あの男なら、森に行ったよ」
 女弟子はいそいで来た道を引き返し、つり橋を戻った。転がる雪玉のように音を立てて走って行く女弟子の姿を、 崖下から奴隷たちの眼が追った。

 少女は生母と離されて、うら若い乳母と共に森の中で暮らしていた。
 乳母は祖母から教わったという薬草に詳しく、いつかは名高いまじない師の弟子となって、多くの薬学を学びたいといつも云っていた。
「遍歴のまじない師に仕えることが叶ったらと思いますわ。以前にも、この周辺の国々を回ったことがあるのだとか」
 暖炉の上には、王冠が飾られてあった。少女の頭にのせるのにちょうどよい、小さな王冠だった。
 鄙びた当時の想い出の中、思い出せることといえば、ほんの僅かだった。蛾が衣類に卵を生むのを防ぐために、夏に摘んで乾燥させ、長持に入れておいた香草。 乳母の他にも世話係として通ってくる数人の無口な女たちが交代で回す、糸紡ぎの音。庭先で風に晒していた川魚。
 少女は森の中で育ったが、時折、高度な教育を授ける者が現れたり、 かと思えば家来を従えて気まぐれに少女の様子を見に来る、難しい顔をした男もいた。
 男は、王だと名乗った。そしてお前の父親なのだと、脅しつけるようにして王は少女におしえた。
 少女は王が苦手だった。少女を見る王の眼には、おさえきれぬ軽蔑と憎悪があり、冷酷な王は王妃を疎んじて、 城の一室に閉じ込めているのだという風の噂も、少女への嫌悪を隠さぬ父王の態度からは、信じられる気がしてくるのだった。
 平和な日々が終わったのは、峡谷の谷の王に、王女が誕生した冬の夜のことだった。
「逃げて、逃げて下さい」
 乳母の悲鳴に重なるようにして、王の兵が家になだれ込んで来た。少女は冠を抱えて裏木戸から森に逃げたが、兵士の投げた槍が いかずちのように少女を打ち倒した。乳母が叫び声を上げていた。少女の手から離れていった王冠は、斜面を転がって、雪の闇の中に見えなくなった。
 お父さまに、最後に、伝えて。
 城の壁をたぐって歩く女の脳裡に、かつてあげた懇願が甦って来た。ほどけかけた腕の包帯が翼のように後ろになびく。峡谷に吹く風は懐かしかった。
 冠を、わたしの冠を返してと伝えて。
 衣が水を含み、身体が湿った泥の中に沈んでいく間も、少女は両眼を見開いて、雲の流れる空を仰いでいた。
 日が傾いた。
 誰かが近づく音がした。半分以上泥の中に埋まっている人間を見ると、そのものは狩猟の弓を投げ出し、泥に脚をとられながら大急ぎで 駈けよって来た。胸を一突きされているために、泥沼に溺れている少女は、赤い花束を抱えているようにみえた。
「しっかりしろ」
 男の声だった。
 夜の迫る森の中は静かだった。時の針と呼ばれている糸杉のように高い崖が、夕暮れの沼地に影を落としてた。
 それから時がながれ、峡谷の王には、いまの王女の前にひとりの王女が隠されていたことを、あえて口にする者はいなくなった。
 谷はこの季節によくおこる、午後の軽やかな吹雪に覆われていた。冬の冷気に凍る王の間には、風邪をこじらせた王が咳き込みながらひとりいた。
「そなたか」
 毛皮を裏打ちした防寒衣を幾重にも身体にまきつけた王は力なく王座にもたれ、王の前に現れた病人を凝視した。
「亡霊」
 黄ばんで濁った眼で、夢でもみているようにぼんやりと、王は若い女に話しかけた。
「わしを迎えに来たのだな。そなたはあの女に、そっくりだ」
「王さま」
 女の声は枯れていたが、王の耳に聴こえぬほどではなかった。包帯の残りが床に落ちてしまうと、そこには、王の知るむすめの、成長し、変り果てた姿があった。 当初誰もが女を少女だと思ったのは、やせ衰えた病人がひどく小さく、小柄にみえたせいだった。
 病のために落ちくぼんだ眼をした女は、ひび割れた唇をひらいた。春も知らず、恋も知らぬしゃがれた声だった。
「王さま」
「去れ」
 椅子の腕に両手をついて、王は大儀そうに身を起こした。老いた王の両眼にはこれといった力もなく、むしろ老人にありがちなように、困惑し、 一刻もはやく女と忌まわしい過去に立ち退いてもらいたいという恐怖だけが、にぶったその頭の中で戦っているようだった。
 膝をきしませながら王座を降りると、王は女の方へと歩いて行った。そこに居るのが実体であることを確かめるようにして、王の皺深い手が 女にむかって伸ばされた。王は怒りをむきだした。
「わしは後悔していない。王妃の不貞が、真実だと知っていたからな」
 女の周囲をひとまわりした王は、自分に云いきかせるように、唸り声をあげた。
「王妃は産褥で死んだ。そなたを沼地に投げ込めば、すべては隠される。新たに生まれた王女の誕生は民に歓迎されていた。 王女こそは間違いなくわしの子だ。今更そなたを人前に出して、噂は本当だったのだ、王妃に裏切られた腰砕けの王よと赤恥をかくわけにもいかなかった。わかるか」
 女を責める身勝手きわまりない王の呪詛は、陰々と広間の天井に反響した。 王をみつめる女の眼には、恨みも超越した、一念の残滓だけが氷のように静謐に宿っていた。
 なまぬるい風が冷気にまじり、広間に腐ったような匂いが立ち込めはじめた。王は咳き込んだ。王の眼が狂おしく、女の眼を見据えた。 女の眼は洞のようだった。王は苛立ち、怒りをあらわにした。
「お前のその眼は不貞の王妃によく似ておる。この国に、王女はひとりだけだ。これ以上なにを望む」
「わたしは知りたいのです」
 かつては戦いに明け暮れた王の前に出ても、女は臆さなかった。女は、枯れ木か魂のように影うすかったが、 爛れた手足を見せつけるように王の前に身を晒したまま、正面から王に口をきいた。
「あなたはわたしの父ではない。一度たりともそうであったことはない。 あなたの王妃は、外の男と通じてわたしを生んだ。わたしは知りたい。この峡谷にも、わたしがついに見ることのなかった、雪解けが訪れるのかどうかを」
「冠か。冠が欲しいのだな。くれてやる」
 咄嗟に王はすばやく動き、白革の胴衣をつけた男が谷に持ち込んだ小さな冠のところに駈けよった。王は火傷をすることを怖れるかのように、 両手で黄金の冠を手に取った。病める女は眼をほそめた。かつてそれは、女の頭上にあったものだった。時々、乳母にねだって頭の上にのせてもらった、王冠だった。
「去れ、亡霊」
 床に叩きつけられた王冠は、病人には届かなかった。王冠は床の上で跳ね上がり、すごい音を広間に立てた。王の咳はさらに酷くなった。 眼をむき、胸をかきむしりながら王は倒れた。女は、助けを呼ぼうとはしなかった。 もがき苦しみ、老いと末期の醜態をさらすかつての父を、女は感情のない眼で最後まで見ていた。

 修行僧のような輪郭だった。無駄なものをそぎ落としたその不吉な影に、王女は向き合った。小屋の入口を締め切ったまじない師は、片手に弓矢を持っていた。
「弟子から何かきいたのかな、王女」
 まじない師の問いに、王女は首をふった。寒さだけではない理由で声音がひきつり、こわばっているのは、頬のこけたまじない師の方だった。女弟子がいつも尊敬し、 忠実に仕えている、その師だった。
 王女は空っぽの寝床に顔を向けると、現れたまじない師に云った。
「お前はきっと知っているわね。病人がどこに行ったのか」
 知らぬはずがなかった。まじない師とその女弟子は毎日病人を診ていたのだ。無礼に慣れぬ王女は顔をしかめた。こちらに向けられている 弓矢を降ろせという意味だった。
 まじない師は弓を降ろさなかった。その指はいっそう弓弦を引き絞り、その矢は、王女の胸にねらいをつけていた。 王女は一度だけ息を詰めると、まじない師の矢先を見返した。まじない師が愕いたことに、王女は笑っていた。
「知っていたわ。いつもわたしに毒を盛っていた者が誰なのかを。大臣たちではない。お前であることを」
 床がきしんだ。一歩前に進み、王女はまじない師の前に身をさらした。王女はさらに歩を進めた。
「わたしが知りたいのは、どうしてお前がそんなことをするのかということだわ。お前の女弟子がお前に内緒で、日頃からわたしに微量の毒を薬として 与え、毒に慣らしてくれていなければ、わたしはとうに死んでいたことでしょう」
 王女は矢に向かって歩いた。氷がひび割れていくように、足許から真実がつめたく噴き出す、そんな予感が小屋にはしった。
「過保護な王はわたしの護りを固め、男を近づけさせなかったから、あなたはわたしに直接手が出せなかった。女弟子もわたしの味方をした。 それでもあなたは諦めなかった。どうしてわたしを殺したいの。わたしの死を望む者は多い。でも、どうして手を下すのがお前なの?」
 まじない師の構えた矢は、王女の眉間に触れそうなほど近くになっていた。
 
 森の中、雪にきざまれた小さなあしあとを追っていた男は、あしあとが続く先の城から誰かがやってくる気配に立ち止まった。
峡谷からこちらに向かって走ってくるのは、まじない師の女弟子だった。
 女弟子は何かを喚いており、ひたすら、男の背後を指さしていた。その方角には、病人を休ませている小屋があるはずだった。
「あなたが----」
 昂奮にうわずった声で、女弟子は男を責めるように云い続けた。
「あなたが、あの方を谷に連れて来たから」
 男は斧を投げ出して、いつも使っている狩猟の弓を握った。だが男が向かったのは、森の小屋ではなかった。「どこへ行くの」と追いすがる 女弟子を振り払い、男は城を目指して駈け出した。雪がはげしくなっていた。

 わたしは恋を知らない、と淋しい女は刺繍をしながらそう云った。
 谷にいる者は、あわれな奴隷と、王を怖れる者ばかり。あの王に、尊敬すべきなんの徳があるでしょう。 谷底にいる奴隷たちよりも、わたくしには喜びも自由もない。
「あなただけはそうではないわ。遍歴のまじない師」
 かつて愛した王妃と同じことを王女が口にするのを、まじない師はきいた。吹きつける雪を払いのけ、未練を払いのけ、 谷を立ち去る遍歴のまじない師は何度も後ろを振り返ったものだった。峡谷の崖に立って去りゆく彼を見送っていた王妃。王妃は、まじない師の子を身籠っていた。
 必ず、また谷に来て。
 王妃は云った。
 それだけが、いまのわたくしの全ての希望です。
 静かに降る雪がすべてを隠し、王妃とむすめを彼から奪い、それからというもの雪の乱打は、まじない師の胸を叩く弔いの鐘と変った。
「おやめ下さい」
 小屋の扉が開かれた。耳をつんざく鐘の音はいっそう鳴り響いた。とびこんできた女弟子は王女を殺めようとしている師に抱きついた。
「あの鐘の音をおきき下さい」
 王女も外の音に顔を傾けた。
「王が、崩御されたのです」
 王女が息をのんだ。こわばっていたまじない師の身体が身じろぎした。それも鐘の一打のうちだった。女弟子が悲鳴を上げた。 王女の動揺を見逃さず、そのすきに数歩とび退って間をあけたまじない師は、引き絞っていた弓矢を王女に向けて放っていた。
 わたしは恋を知らない。
 それにまつわる猜疑も嫉妬も愛憎も。逃れえぬ懐古や哀しみの満ちひきを抱くことは、まるで悪いことのように見つけ出され、責められる。 人々は素知らぬ顔で春を讃え、夏の愛と、秋の実りをうたう。 まるで満月しか知らぬ鳥のよう。きらめく緑の中をとびかう、未来の見えぬまぼろしのよう。
 小さく口を開けて凝固したなり、射られた王女はたたらを踏むと、前のめりになり、身体を二つに折った。
「王女さま、王女さま」
 糸のような赤い血をこぼして、王女は床に倒れた。その上に女弟子が覆いかぶさった。まじない師は小屋から出て行った。小屋の戸は開け放されたままだった。

 突然の王の死により、城は大騒ぎとなった。こときれた王の顔が恐怖に引きゆがみ、硬直したその老体に苦悶のあとがくっきりと残るのを、 人々は怖ろしげに遠巻きに眺めた。
 誰ひとり、女に気がつくものはいなかった。
 うす暗い王の間の片隅に、忘れられた星のようにして転がり、金色に光る輪があった。
 森から駈けつけた男は、広間の隅に落ちていた王冠を拾いあげた。そしてそれを、女の膝の上にのせてやった。
「沼で死にかけているあなたを見つけた」
 男は女の前に膝をついた。
「俺は森中を探して、王冠を見つけ出した。だがあなたには渡さなかった。何年も看病した。 死病におかされたあなたは、思い出したように、峡谷の谷に行きたいと望んだ。あなたはついに俺を見なかった」
 やせ細った女の脚をかき抱き、男は女の膝に接吻をした。
 女は、残された力で王のいた王座に坐っていた。女はそこから、氷の国を見ていた。
 兵士によって受けた槍傷に泥が入り、化膿した。生死を彷徨い続け、衰弱と共に皮膚の腐る奇病がおきた。いつか、 寓居の窓を眺めながら、病人が男に云ったことがあった。雨だわ。
 男が外を見ても、そこには雨などなく、湿めついた冬の風が吹くばかりだった。
 王女さま、王女さま。
 まじない師の女弟子の嘆きが回廊に響いた。王座にいる女のまつ毛がぴくりとふるえた。
「王女さまが。はやく、薬壺を持ってきて!」
 城は再度、大混乱になった。広間に運びこまれてきた王女の胸は、沼地に投げ込まれた女と同じように、鮮やかな朱に染まっていた。


 まじない師の遺体は吹雪のやんだ森の中で半月後に見つかった。夜の森を彷徨った挙句の凍死であった。 点在する遺留品から、谷とは反対の方角にめちゃくちゃに進んだらしく、最後には自ら 沢の下に身を投げていた。息を吹き返した王女は何も語らなかったので、人々は、思い立ったまじない師が冬の狩りにでも出かけて、 その後みちに迷ったのだろうと結論づけた。
 まじない師の放った矢は王女を傷つけた。急所をそれたとはいえ矢先に毒が塗られていたことから、しばらく王女も予断ならぬ状態が続いた。
 泣く泣く、女弟子は王女にわけを語った。
 何者かが王女に毒をっていることに気がついてはいたが、それがまさかまじない師だったとは、つい最近まで思いもしなかったということ。男が谷に 運びこんだ病人は全身を幾重にも布に包まれていたが、介抱するうちに、「乳母や」とこちらに呼び掛けたその声で、かつて世話をした少女であることを知ったこと。
 どれほど愕いたでしょう、と乳母は嘆いてみせた。師もそれは同様であったことと思います。病人の無残な姿を見た師が 新たな憤りを覚え、あのような強行に及んだのだとしても、師を責めることは誰にもできません。
「王女さまのことを亡き王女さまの代わりと思い、これまで大切にしてまいりました。 師は、お妃さまと先の王女さまを引き離し、お妃さまを孤独のうちに死なせた王を憎みこそすれ、あなたさまには恨みはなかったとぞんじます」
 雪の帳は、ますます深くなるようにみえた。
 わたしが出て行きたいと願う場所にも、冬の行方を見に、戻りたいと願う者がいるのだわ。
 乳母のはなしを聞いた王女は、病の女あてとも、まじない師あてともつかぬ呟きを、ひとり胸でもらした。
 病の女は、春を待たずして峡谷で死んだ。
「生まれた夜、誰かの手がわたしに触れて行ったような気がしたわ。雪嵐の手だった」
 天井を見上げて、王女は言葉を継いだ。女弟子がひとりで看病する都合で、王女と病人の寝台は並べて狭い一室におかれていた。
 隣室には薬草を煮込む鍋が厨房のように並んでいる。流れてくるあたたかな湯気に、恢復した王女の喉はようやく少しほどかれた。二人の王女のいる室はうす暗く、 日中のわずかな時間だけ外のあかりが差し込む他は、いつも早朝のように青く冷えていた。
 腐った身体で起き上った無理がたたり、重篤に陥った隣りの女は、王女のこぼす独り言を聞いているのか、いないのかも、もう分からなかったが、 王女と同じ光を宿した眸だけは、光うつろう天井を向いて、美しくひらいていた。
 やがて女弟子の予告したその時が訪れた。末期の朦朧に沈む女に、いつしか何度も、王女は語りかけていた。危篤の夜の間も、それは続いた。
「だからわたしの手はつめたい。あれ以来、誰かの手と繋がれているような気がしてならなかった。誰かと何かを探しているような。それが何かはまだ分からない。 途絶の希望。霧のような再生の夢。あなたはどうして城に戻って来たの? 約束します。わたしはあなたの代わりに、あなたとなり、それを見つけていきましょう」
 かたわらの寝台で女が静かに息を引き取った時、王女はしっかりと、女の手を握っていた。
 女は、谷に葬られた。女の葬儀が終わると、男は峡谷を去った。
「いつかこの国があなたの部族を襲うことがあれば」
 白革の胴衣と狩猟の弓と剣を身につけ、来た時と同じように灰色の馬にまたがった男に、別れ際、王女はあの小さな冠を授けた。
「この冠を掲げて、わたしの姉の国だと云いなさい」
 それしか王女にできることはなかった。男は頷いて、小さな冠を大切に受け取った。
 谷間を吹き抜ける強い風が、長い夜の間に積もった雪を舞い上げた。 雪は、男を見送る王女の頭の上にひらひらと舞い降りた。残雪の白い花は、春の花よりも、王女によく似合った。
 王女は王冠をつけていた。男と入れ違いに、大臣たちの決めた王女の花婿が、これから峡谷に来るはずだった。 王冠は王女の額をつめたく飾り、身に付けた祝いの衣からも、まだ雪の匂いがした。
 凍てついた谷から、王女は、雪解けの甘い香りに包まれはじめた彼女の王国を身渡した。遠い沼地も晴れていた。 氷色をした日差しが森を渡り、ひとの魂のように雲の陰影に溶けこみ、時の針の崖を、その中に隠していった。


[了]



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