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[ビスカリアの星]■三十六.



芝の上で思い切り良く手足を広げて寝転び、目を閉じた。
庭影の木立の中、天上の青から届く日差しと風が心地よかった。
今朝方、旧タンジェリン領の外れの打ち捨てられた廃屋敷に、密使が到着した。
駐屯しているハイロウリーンとサザンカの小部隊がそれを迎えた。
密使は、盟約に同意する旨を伝えるジュシュベンダからの書簡を携えていた。
「ハイロウリーン、サザンカ、およびジュシュベンダは、
 ゾウゲネス・ステル・ジュピタ皇帝および、左袒レイズンに対し、
 カルタラグン騎士家の再興と、これの宣揚、
 サザンカに亡命中のブラカン・オニキス・カルタラグン皇子を、
 その中興の担い手と認めることを要望する。
 この盟約に連なる騎士家は、ブラカン・オニキス皇子をカルタラグン家の
 正統なる後継者と認め、今後これを扶翼するものである」
「レイズンに喧嘩を売るつもり?」
「そうよ」
別室に退いたガーネット・ルビリアはユスタスに頷いてみせた。
騎士装束を身につけたルビリアは、出窓に腰をかけ、ユスタスを近くに呼んだ。
非公式とはいえジュシュベンダからの密使を迎えるために、その朝のルビリアは
ハイロウリーン騎士団の略正装姿であった。
香水が淡く香った。
夜と雨の中に雫の花をつけて咲く、青い花の香りに似ていた。
ユスタスは不快だった。
近頃のルビリアはわざと女の性を売り物にしているみたいだ、
まるで、誰かを常に惹き付けておくために。
しかしルビリアは、白と銀を基調としたその装束ごと朝の光の中に毅然として、
ユスタスに説明するその態度は常と変らなかった。
タンジェリン殲滅後、他騎士家は覇権を握るレイズンに対して強い危機感を持っているわ。
特にカルタラグンとタンジェリン滅亡後、皇帝補佐についたレイズンを除く残りの四大騎士家、
ハイロウリーン、ジュシュベンダ、サザンカ、オーガススィはこの事態を深く憂慮しています。
これ以上のレイズン家の専制を許さぬために、三ツ星騎士家からは大国フェララを加え、
騎士家は連帯してこれにあたる。
レイズンの気勢を殺ぐことを目的とし、手始めに、
まずはカルタラグン家の復興要請をレイズンに突きつけます。
同盟の盟主にはオニキス皇子の名を戴き、我らがハイロウリーンとジュシュベンダが補佐につく。
今朝の使者は非公式とはいえ、ジュシュベンダからの内諾を伝えるものよ。
皇帝とレイズンが要求を呑まぬ時には、武力行使も辞しません。
そして錆色の髪に指先を絡めたルビリアは、伏目がちに朝風の中に薄暗く微笑んだ。
「オニキス皇子はその為に、今まで生かしてあった」
「………」
「それとも、聡明なミケラン卿のこと。
 オニキス皇子の生存とその利用価値を見越した上で放置し、
 庶子の皇子には今さらカルタラグンの名を背負うに足りる資格なしと、
 要求を突っぱねるかしら。
 その時には、己が分家の出であることを、彼にも思い知ってもらいましょうか。
 ここだけの話だけど、ミケラン卿にすっかり乗っ取られたかっこうになっている
 レイズン本家の中にも、それを不満とし、私たちに呼応する構えを見せている者もいるのよ」
「僕にそんな重大な機密を打ち明けてもいいの?」
堪えかねて、ユスタスは声を差し挟んだ。
「成り行きでここに残っているし、いろいろと教えてくれるのは嬉しいけれど、
 秘密を知った以上は生きては帰さないなんて展開は御免だよ」
「君は怖れるような子ではない」
女騎士はユスタスを見上げて微笑んだ。
ぎくりとするほど、それは兄の頼もしい笑みと似ていた。
「秘密を満たした壷を抱えたからといって、軽率と臆病から、
 それを不用意に落として割るような子ではない。
 貴方はあの日、レイズンを向こうに回してたった一人で闘っていた。
 その剣を炎のように振りかざし、遠い星と繋がって、隼のように駆けていた。
 無垢な情熱に生きる者に、利害や名誉を語ったところで意味がないことくらい、私は知っている。
 ユースタビラ。それとも、他の名を持つ君」
その剣を大切にして欲しいわ。
ルビリアはユスタスの腰の剣に目を向けた。
オーガススィの剣。それを君に授けた美しい人の姿が、君の眸を見ていると、見えるよう。

「その剣の紋章は縁はなくとも私にも、懐かしい」

ユスタスがぎょっとしたのは、どうやらこちらの正体がすっかりルビリアにも
ばれているらしきことではなかった。
カルタラグンの再建を淡々と語るルビリアの眼が、青く静かに煌めきながらも、
凝固した歓喜をゆらゆらとその底に湛えていることであった。
それは執念と復讐とに分かち難く結びついた、退路のない女の悲願であった。
透きとおるようなその白い頬を窓にあて、ルビリアは夢の中に沈んでいた。
あの男が滅ぼしたものをあの男が生きているうちに全て元に戻して無駄にしてやる。
やわらかな影が瞼に落ちた。
顔の近くに遊ぶ小さな羽虫を、ユスタスは手であおいで振り払った。
正直、おっかないのはもうたくさんだ。
私怨に捕らわれたルビリア姫をはじめ、世の中の人はどうも僕とはまったく違うものを
後生大事にして生きているようだ。
かりそめのものばかりを人は欲しがる。僕はいらない。
片腕を額にのせた。
目を開けると、青空と白い雲が見えた。
芝の上に仰臥したまま、ユスタスは眩しく広い、のびやかな明るい空を見つめた。
トレスピアノにいる頃、こんな天気のいい日には、自分の部屋があるくせに、
兄さんはいつの間にか森の中に行っていた。
そして一人きりになりたい兄さんが、幾度場所を変えても、僕は兄さんを見つけ出した。
簡単なんだ、兄さんが好きそうな場所を探せばいい。
兄さんも僕が探しに来ることを予期していて、あまり深い森の奥には行かないことも、
僕は知っていた。だからあれは、兄さんと僕のちょっとした、かくれんぼだった。
余人には窺い知れぬ想いに沈んで、一人きりで何かを思想している兄さんを見つけるたびに、
僕は努めて「無邪気な弟」を演じて明るく走り寄ったものだったけど、多分そのことも、
微笑み返すシリス兄さんはよく分かっていた思う。
(ユスタス。来てはいけないと云ったのに)
ユスタスはふたたび眼を閉じた。
それも、もう終わりだな。
羽虫の影の向こうには薄黄色の太陽があり、遠い日の昼下がりのように、
それはぽつんと浮かんで見えた。
トレスピアノに戻ったとしても、もう僕と兄さんは、もう森の中では遊ばない。
子供の頃からの延長でずっとそうしてきたけれど、この騒ぎが終われば、
もう僕たち兄弟は、これからは一対一の男同士としてしか、付き合うことはないだろう。
もちろん僕はそうしてみせる。
血の繋がらぬ兄としてではなく、この世で最も愛する友として長子の彼を支える。
僕はもう兄さんと身体つきも変わらない大人なんだし、今さらかわいい弟でもあるまいし、
フラワン家の僕たちには貴方が必要なんだと彼に伝えるには、どうもそれしか術がない。
(庶子の皇子)
ブラカン・オニキス皇子が第一皇子でありながら黙殺され、世子の座を第二皇子に譲ったのは、
オニキスを生んだ女の身分が低かった為である。
長靴を履いた細い脚を組み合わせ、出窓に腰掛けたガーネット・ルビリアはその繊手を
純白の騎士団服の上から腹部のあたりにおいていた。
花の香りをあやしくさせて、ルビリアは淋しい唄を歌うように靴先を揺らし、薄く微笑んだ。
オニキスの子が欲しい。

(オニキス皇子の子を私がこのお腹に宿せるといい。
 それなら母の身分が低かったオニキスよりも、血筋的に申し分ない。
 滅ぼされたタンジェリンとカルタラグン両家の血を持つ子をミケラン卿の前に突きつけ、
 皇帝にもカルタラグンの継承権を認めさせることが出来るわ)

そこまでやるか、というのがそれを聞いた時のユスタスの実感であった。
女の執念も極まれりといった感じで、さすがに背筋が凍ったが、
腹に手をあてたルビリアは白い光に包まれて、
どこか遠いところを見据えたまま、静謐な顔をしていた。
胸に重たいものを抱えたまま、ユスタスは白い雲を睨み上げた。
こんな状況下において、もしも他でもない、
ルビリア姫と翡翠皇子との間に生まれた皇子が立派に成人していて、
健在だと天下に知れたらどうなるだろう。
もしそうなれば、たとえルビリアがオニキスの子を生んだとしても、
カルタラグンの後継者としての地位は翡翠皇子の直系であるシュディリスの方が上である。
さらには、サザンカに亡命後、これといって何をするでもなく
懶惰な日々を送っていた無名のオニキスと比べ、兄のシュディリスはトレスピアノの長子として
父カシニの右にあり、その麗質はたとえ外交的なものにしろ、
帝国中に広く知られたものとなっている。
滅亡したカルタラグンの遺児が、オフィリア・フラワンの聖地に逃れ、
フラワン家の子として二十年の間、聖女の加護の許に護り育てられていた。
これほどに扇情的で民衆の感動を呼ぶ話があるだろうか。
(迂闊なことは何も云えない)
ユスタスは寝転んだまま、草を掴んだ。
この僕がフラワン家の者だと知りながら、あのようにルビリアが平然としているのは、
それはルビリアが、二十年前に自分の生んだ子がその後どうなったか、まるで知らないからだ。
母の話では、翡翠皇子の友人が赤子の兄さんをトレスピアノ荘園にまで連れて来たというけれど、
おそらくはその決死行の顛末も、ルビリア自身はまったく関与してはいないのだろう。
「死産だった」
もしかしたらそのようにルビリアには告げられたのかも知れないし、
運命の打撃と変転の中で、北方に逃亡したルビリアの頭からは、
子を生んだ記憶すらも、既に夢のように消え去っているのかも知れない。
さもなくば、状況ここにおいて、その存在を誰よりも知りながら、
オニキス皇子よりもはるかに支持を得るであろうカルタラグンの正統なる後継者、
シュディリス皇子を探さないなどということがあるだろうか?
雨の花の香り。
湿り気を帯びた断続的な息。
ルビリアの香水の残り香が、女の肌の記憶そのものとなって、ユスタスの脳裏の片隅を溶かした。
今朝のオニキス皇子がルビリアを眺めて寄越した、あの眼つきは何だろう。
何かを含ませて嗤うなれなれしい顔つきをして、澄ました顔ですれ違うルビリアへ、
征服者としての驕りと侮辱を、女の顔面に朝から浴びせていたあの顔は。
そしてルビリアを振り返り、その凛とした後姿に新たな雄の好色を被せて見送っていた、
あの興味深げな冷えた眼つきは。
まあ、大人の男女がやることなのだから、二人がそれでいいなら僕はどうでもいいけどさ。
ユスタスは寝そべったまま、近くに咲いている花を眺めた。
兄さんを生んだ人として、今後、僕はどこまであの人に係わっていけばいいのだろう。
貴女の生んだ翡翠皇子のかたみは生きているんだ、ルビリア。
(僕の母リィスリを母とし、トレスピアノ領主カシニを父として、
 僕たちの思いあがりでなければ、幸せに、僕たちと一緒にトレスピアノで育ったよ)
今の状況では、とてもじゃないけど、教えてあげられないけどね。
(ごめん、ルビリア。黙っていることは残酷かも知れないけれど、
 僕は兄さんに、よけいな陰謀に巻き込まれることなく、
 今までどおり僕たちの兄さんであって欲しいんだ)
偶然とはいえ、兄さんが失踪中で、本当に良かった。
無為に青芝をむしって風に飛ばしながら、ユスタスは一抹の安堵を見出していた。
彼を亡き者にしようとするレイズンや、菲才のオニキスではなく、
彼こそをカルタラグンの御印として担ぎ上げようとする者たちが大挙してトレスピアノに
押し寄せて来たとしても、肝心の兄さんが不在では如何ともしがたい。
だから、兄さんが行方不明で良かった。
ユスタスは頭上の雲の流れを追った。
どちらにせよ、相互不干渉が原則である主力騎士家が一つの目的の元に連合したら、
皇帝もその要求を呑む他ない。
レイズン側とて、大騎士家を向こうに回しては、一分の勝ちもないことくらい承知だろう。
では、ミケラン卿は眼下の騎士家の今回の動向を先読みした上で、
ユスキュダルの巫女の行幸を願ったのだろうか。
ユスキュダルの巫女はその姿を見せるだけで騎士を抑止できる威光を持つのだから、
ミケラン卿が巫女を利用しようと目論むのも不思議ではない。
それを偶然とはいえ、フラワン家の僕たちと、居合わせたフェララのルイさんが阻止してしまい、
さらには肝心の巫女をシリス兄さんが連れ去ってしまったのだから、ただで済むはずもないよな。
あの場に居合わせた僕たちも、ルイさんも、ジュシュベンダの問題児パトロベリ・テラも、
おそらくはこの一件に関与する全ての国からの要注意人物としてすっかり印をつけられ、
一挙一足の動向を知らぬ間に取り沙汰されていることだろう。
額に当てた腕の影で、ユスタスは眉根を寄せた。
気に入らない。何でこうなるんだ。
皆、いったい何を最上において、他人に対する過干渉を好むのだろう。
僕にはまるで分らない。
猛烈な顕示欲もどうもなければ、覇権闘争にも関心のない僕としては、
傍にいる大切な人が倖せならばそれでいいし、女の人の辛い姿なんか、見たくない。
(-------リリティス姉さん)
最大の懸念を思い出して、ユスタスはため息をついた。
別れ際、橋の上で殴られた。
無謀に走ろうとしている姉を制止する為に最初はこちらから殴ろうとしたのだから、
悪いのはこちらかも知れないが、それにしてもあれは強烈な一撃で、血を吐いた。
姉さんの技量を少々甘く見積もっていたのは一生の不覚だった。
それでも、あの時に何としても姉さんを引き止めるべきだった。
シリス兄さんなら姉さんを抱きしめて、傷つけることなく云い聞かせて、きっとそう出来た。
弟の愛の鉄拳に、怒りと涙と誇りで応えてみせた姉。
何処にいるのだろう、姉さん。
流れる雲の下、そんな詮無い事を考えながらも、足音を忍ばせて近付くその足音を、
ユスタスの耳は敏感に捉えていた。
風にそよぐ草の上を静かに踏んで、やがてその人はユスタスの傍に来た。
ユスタスは薄目を開いた。そして微笑んだ。



寝転んだままでいるユスタスの顔の上に影が落ちた。
その細い足首を腕を伸ばしていきなり掴むことで、ユスタスは行く手を止めた。
そおっと近付くことまではやりながら、そのまま立ち去ろうとするところが、まったくこの人らしいよ。
僕は寝てないよ、薔薇の君。
ユスタスの仕打ちに戸惑いながら、ロゼッタ・デル・イオウは下に寝ているユスタスを見下ろした。
片足首をしっかりと握られているのでそれ以上は動きがたい。
日を浴びて揺れるロゼッタの黒髪が、虹色を帯びて、黒羽根のように美しかった。
「行かないで。逢いたかった」
ユスタスは微笑んだ。
屈託無く微笑みながらも少女騎士の足首は捕らえたままだった。
気のせいか僕を避けている最近の君の態度はまったくもってけしからぬし、
恨めしかったけれど、それとこれとは別だ。
ようやく逢えた。嬉しいよ。
「------ご気分でも悪いのかと」、ロゼッタは無礼を詫びた。
「午睡をしてた」
「それは。お休みのところをお邪魔いたしました」、行こうとする。
「心配してくれてありがとう」、ユスタスはロゼッタを放さない。
「手をお放し下さい。ユースタビラ様」
「こうでもしないと君は行ってしまう」
「何か、ご用でしょうか」
「座って」
「どこに」
そこに僕の近くに、とユスタスは指し示した。
「そうしたら君の足首を掴んだこの手を放す。僕も起きるよ」
ロゼッタはごく控えめに嫌な顔をした。
しかし、おとなしく草の上に腰を下ろし、それを見てユスタスもロゼッタから手を引いた。
身を起こして衣服についた草を払っているユスタスを、ロゼッタは手伝おうとはしなかった。
短く切り揃えた黒髪を耳にかけ、ユスタスとは別の方向を見て座っていた。
足許に横たえた赤剣は、騎士の作法どおり、剣の柄をユスタスの方に向けて置いている。
(少女という歳でもないか)
ユスタスはその横顔を眺めた。
エクテマスの話では、兄のシュディリスと歳が変らないということだった。
ということは、姉のリリティスよりもロゼッタの方が年上ということになる。
(へええ…、エクテマスの口からこの人の歳を聞いた時には魂消たけれど、
 どおりでしっかりしているはずだよ。
 小柄で少年めいた顔立ちのせいか、すっかり僕よりも年下の女の子だとばかり思ってた。
 困ったことに今でもそう見える)
抱えた片膝に顎を乗せるようにしていたロゼッタがユスタスの方を向いた。
「どうせ、ユースタビラ様はわたしのことを年下だと思われておられたのでしょう」  
「あ。うん」
こちらの胸中を読んだかのような図星である。
不意をさされて面食らったものの、慌ててユスタスは弁解をした。
それだけ君が童顔で可愛いってことだよ、とはまさか正直に云えないので、
「騎士の女の子はみんな凛々しくて隙がないせいか、年齢不詳だから」
誤魔化した。
考えてみれば、サザンカからオニキス皇子の供としてここまで一隊を率いて来る騎士ならば、
それ相当の経験を積んだ歳でないほうがおかしいのであるが、
サザンカ領の外れの森で盗賊討伐に単身で走っていくロゼッタを見た時の第一印象が尾を引いて、
(小鳥のような女の子)
と、すっかりユスタスは思い込んでいたのである。確かめなかったユスタスが悪い。
それを見越した上での、「わたしのことを年下だと思われておられたのでしょう」、だろうか。
ロゼッタの様子は物柔らかで、責めるでもなく、問いただす口調でもなかったが、
確かにあれは強引だったものな、不愉快に思われても仕方が無い。
ユスタスはあの時の不埒な接吻のことを想うのである。
しかし謝りたくとも、心地よい風と緑の中では、それを今さらこちらから蒸し返すのは、
かえって彼女に気まずい思いをさせることになりそうで、躊躇われた。
二人きりになれたら先日のことを謝罪して、誤解を解き、
そしていろいろと話そうと思っていたことは、一言もユスタスの口からは出なかった。
そのかわり、ロゼッタの方から話し出した。
幾分かの楽しさと期待を織り交ぜながら、何となく嬉しいのは、もしかしたら同じかも知れない。
しかし浮かれたユスタスの気分に反して、ロゼッタは衝撃的なことを口にした。
「私には、国許に婚約者がおります。ユースタビラ様」
「え」
愕然と振り返ったユスタスの顔を見て、ロゼッタはすぐに素っ気無く付け加えた。うそです。
「うそ……」
何で、そんな嘘をつく。
胸を撫で下ろしたものの、ユスタスは咳払いをして、草の上で脚を組み替えた。
年上だと分ったせいもあってか、何だか今日は彼女の方が優勢で、分が悪い。
今のだって、まるで試されたみたいだ。
婚約者がいたところで、べつに遠慮することなどないが、それでも男っ気がないとばかり
思っていた女に男の影があると分ると、どういうわけか、かなり愕く。
「子供の頃、父が他所に愛人を持ち、家から出て行きました」
そんなユスタスを無視して、唐突に、淡々とロゼッタは語り出した。 
家の中が殺伐として、暗くなった。私のせいだと思いました。
そうではないと云われても子供の心は全責任を負って、そう感じるものです。
おどけたふりをして、母に話しかけた。母は無理にも微笑んでくれましたが、
以前のような朗らかな母ではなかった。
父が消え、母が変った。
子供の世界の中では大きな位置を占めている人との間に、黒い断絶がある、
私はそれが哀しかった。
「私がいけないのだと、そう思いました。
 だから、ユースタビラ様。------ユスタス・フラワン様」
膝を抱えたままロゼッタは風になびく黒髪をおさえた。
いったい何事を云い出すのかとぽかんとしているユスタスに、
生真面目な口調でロゼッタは云った。
「たとえ相手が皇族の殿方であったとしても、私には、遊びの恋は考えられません」
「………」 
「トレスピアノにお戻りになれば、ユスタス様はジュピタ皇家と比肩する名家の御曹司。
 サザンカの家司であるイオウ家ごときとは格が違います。
 このようなことを申し上げて、さぞや可愛げのない女と想われることでしょうが、
 これ以上親しくさせて頂いたとしても、私にとってはそれは幸福を意味しない。
 楽しみだけに身を委ねて生きる者は、倖せを独り占めにして得をするかも知れませんが、
 その日陰に立たされた者にとっては、同じ轍を踏むことはいたしかねます」  
「……はあ」
「私の申し上げたいことはそれだけです。お許し下さい」
語り終えたロゼッタは横を向いた。
立て板に水といった感じのロゼッタの話に実に適当に最後まで相槌を打って聞きつつも、
ユスタスはロゼッタの云わんとしていることが分るような、分らないような、だった。
「えーっと」
何でそこまで話が一気に深刻に飛躍してしまうのだろうか。
毎度ながら男のユスタスにはさっぱり不明で不可解であった。
つまりロゼッタは、僕の愛人になったとしても、僕とは結ばれないのだからお断りだと、
きっとこう云いたいのだろう。つまりは僕のことを憎からず想ってくれているわけだ。
どこまでもユスタスは男の身勝手で考えた。
そこまで思い詰めるほどに、あれから君も僕のことを考えてくれていたのなら、
とりあえずそれはそれで嬉しいよ。
廊下ですれ違うたびに、自惚れでなければ何とはなしに、それは分っていた気がする。
こちらを見るか見ないかのぎりぎりのあたりで視線を逸らしていく君は、
切なくも如実に何かを語っていて、苦しみをこちらに与える一方で、あれは微妙に笑えたものな。
(かりにもフラワン家の男の差し出す好意を前にして、君が今時珍しいほどに
 操の堅い子だということは予想外だったけれど、それくらいの障碍は承知の上だ)
それに、この人は要らない心配をしている。
ユスタスは年上の女の方へと身を寄せた。
ロゼッタに手を伸ばした。ロゼッタは拒まなかった。
人も、人を好きなることにも、永遠などない。
うつろいゆく儚い時の流れの中に、もしも何かの歓びがあるとしたら、それはこうしている時の、
何ともいえない予感で浮き立っていく抑えようも無いこの気持ちと、
確かに相手も同じ心でいることが口に出して云わなくても伝わる、この温かな交歓のことだ。
間にある騎士の剣をユスタスは遠退けた。
ロゼッタの頬に手を添え、その眸を覗き込んだ。ロゼッタの首筋に唇をつけて、ユスタスは囁いた。
こうしていたい。
「僕は君が好きだ」
「………」
「君に、触れても?」
「------どこに」
言葉の代わりに、若者は静かに唇を重ねた。
ロゼッタは腕の中でわずかに抗い、力なく何かを云おうとした。
「ユスタス様、私は------」
「黙って」
どちらともなく優しく抱き合った。抱き合ったまま、木々の葉ずれの音を二人は聴いていた。


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習慣を取り戻すこと。
いつもそうしていたように、心を落ち着けて、日々の単調を生きること。
惑わされず、間違わずに、己を見つめて過ごすこと。
湖の青が眩しかった。
廻廊には午後のそよ風が吹き渡り、さわやかな緑の影が廊下に落ちていた。
白いドレスを着たリリティスは深皿を抱えて、ゆっくりとミケラン卿の湖の別荘の中を歩いていた。
フェララで捕まり、レイズンへと護送されて、ミケラン卿の地所に戻されたまま、幾日が過ぎた。
湖畔にいるリリティスは、罪人でもなければ、囚われ人でもなかった。
国境沿いの砦から移管された時とは違い、
このたびは賓客待遇で迎えられ、眺めの良い最上の婦人部屋と、侍女がつけられた。
与えられた部屋からの眺望は素晴らしいもので、使用人の話ではミケラン自らが、
「彼女をここに」と指定したのだということだった。
「最初は以前のように対岸の別棟にと思ったが、
 こちらの方が人が多くて何かと都合がつくし、
 そのほうがお淋しくはないだろうから」
同じ母屋の屋根の下にいるはずの主ミケランの居処とは、最も遠く離れている部屋だった。
そしてリリティスは好きにそこで過ごすことが出来た。
森へ散歩に出てもよく、樂人を招くことも出来、また願うことはほとんど即座に
躾の行き届いた召使の手で申し分なく果たされた。
若い娘が必要とするものは全て最上のものが揃えられ、それらの全てに、
使いたければ使えばよいし、気に入らないのであれば捨ててよい、
華美に着飾ってもよいし、下着姿でいてもどうぞ、という取捨選択の自由がついていた。
焼き菓子を入れた器を手に、リリティスは飾りのないドレス姿で歩を運んだ。
必要最低限の身だしなみは育ちからの習性であったし、だらしない振る舞いをしてみせて
主ミケランに恥をかかすといった手段もリリティスの好むところではなかったから、
リリティスは努めて、トレスピアノに居た時と同じようにここで過ごすことを自分に決めた。
そうでもしないと、堕落しそうで怖かった。
山のように贈られた宝石。衣裳部屋に整えられた豪奢なドレス。
一つもまだ肌につけてはいなかった。
あくまでもリリティスは自分の意思で、ここに滞在しているのだということになっていた。
そのように、ミケラン卿が、娘の頭に吹き込んだのである。
(兄君シュディリスの無事を願うのならば、わたしの提案どおりに)
(選ぶのは君だ)
リリティスに他にどうする手立てがあっただろう。
以前のように監禁されるでもなく、監視がつくでもなかったが、それでもここは獄舎だった。
自由という名の檻だった。
何をしても罰せられず、何を欲しても快く丁重に叶えられながら、
最大の望みを棄てなければならない、未来と希望の遮断された、牢だった。
リリティスが抱えて歩いている皿の中には、先ほど、厨房を借りて焼き上げた菓子が入っていた。
焼きたての菓子からは心の安らぐ、甘い匂いがした。
毎日、私は何をしていただろう。
朝起きて、馬を見に行き、お母さまと一緒に救護院や療養院を回って、
トレスピアノを訪れるお客様にお逢いして、本を読み、手紙を書き、刺繍をし、
それからシュディリス兄さんとユスタスのために、お菓子を焼いた。
昔とは違い、二人とも、菓子などは女の口にするものと決めていたかも知れないけれど、
それでも遠乗りから帰って来た時などは、申し訳程度に、いつもつまんでくれたわ。
それが私のために食べてくれていることくらい、私は知っていた。
兄さんもユスタスも、もう子供ではないのですもの、
砂糖のかかった甘いものはあまり好きではないことくらい、私だって知っていた。
それでも、あれは家にいる時の私の日課だった。
リィスリお母さまは、「お雛遊びのようで楽しいのでしょう」と云って、
私が台所に出入りすることを寛容にお許し下さって、禁じたりはしなかったわ。
誰かが褒めてくれるかどうかなど、気にしていなかった。
認められたら嬉しかったけれど、そうじゃない、私はそれを目的として作っていたわけじゃない。
何かを作ることが、それだけで嬉しかった。
何かをしているうちは、ひたむきに、生きていることへの不安も苛立ちも忘我に変えて、
哀しみも、過去も、そこに込めていく自分の手で制御していくことが出来た。
取るに足りない細かな夢想を、そうやって、一つのものに集約していくことは歓びだった。
あの気持ちを、取り戻すこと。
私はまだ自分を見失ってはいない。
以前の日々を想い出しているうちは、私はまだ、トレスピアノの家族と繋がっている。
リリティス・フラワンという名の娘でいられる。
そして今朝、リリティスは菓子を焼いた。
菓子を抱えて自室に向かう途中で、リリティスは足を止めた。
廊下の向こうからミケランが供も連れずに、こちらへとやって来るのが見えたのだ。

「ああ、ここにいたのか。今、貴女の部屋に寄ったところだ」

気さくにミケランは挨拶を寄越した。
レイズン騎士家の色である、青と黒の基調色で装った今朝のミケランは、常と変らぬ
自信家の様子をみせて、立ち止まったリリティスの方へとまっすぐに歩いて来た。
深青のマントを重々しく翻して近寄って来ると、
頭を下げてそれを迎えたリリティスの俯く顔におもむろに手をかけて、
「何をしている?顔を上げなさい。使用人ではないのだから」
娘の顎を指先で持ち上げて放した。
同じ棟に居るはずなのに、あれきり全く姿を見せず、食事も供にすることもなく、
久方ぶりに顔を合わせた男は、菓子皿を抱いて立ち尽くしているリリティスと顔を合わせると、
「しばらく留守にするので、ご挨拶をと思って立ち寄った。
 それと求めていた良いものをようやく見つけたので、
 それを貴女の部屋に届けておいた。気に入ってくれるといいが」
ほったらかしであったことを詫びもせずに、すらすらとそんなことを述べて、
ふたたびリリティスの抱えているものに眼を向けた。
黒地に銀の細かな刺繍のあしらわれた、全体的に重厚な感じのするその装いは、
ミケランの風貌によく似合っていた。
「いい匂いだ」
上にかけてある布を取り、リリティスは器を掲げて中身を見せた。
「厨房をお借りして、お菓子を焼いていました」
「頂いても?」
「いけません」
「なぜ」
「失敗しましたから」
慣れない焼き釜で、あまり上手には作れなかった。
リリティスには構わずに、ミケランは果実入りの焼き菓子に手を伸ばすと、
廻廊に立ったままそれを味見した。
「そんなことはない。とても美味しく出来ている。たいへんに結構」
リリティスが見ている前でもう一つ菓子を手に取り、ミケランは青年のように菓子を立ち喰いしながら、
リリティスの顔色を眺めた。元気そうで良かった、と彼は云った。
「慌しくてすまない。次はもう少しゆっくりと話がしたいものだ。では、しばらく」
よほど急ぐのか、それ以上リリティスを見もせずに、
片手を挙げて別れを告げると、さあっとマントを翻して早足にミケランは去ってしまった。
その青いマントの裾からは、彼の銀色の剣が見えていた。
湖を一望する自室に戻ると、小卓の上には、ひとふりの瀟洒な剣が置かれていた。
リリティスの為に拵えられた細身のその剣は、鞘や柄に精緻な文様が控えめに刻まれており、
陽に光るその刀身は細く銀色に透けて、燃えるようだった。

 『ドレスよりも宝飾よりも、貴女にはこれが似合うことを忘れていた。
  腕が鈍ることを怖れるのは分るが、
  屋敷の中で淑女が燭台を振り回す姿など、傍目に見られたものではない。
  壊した彫像のことは怒らないが、以後は謹んでくれるように。』

添えられたミケランの手紙には、誰から聞いたのか、そう書かれてあった。
日々の鍛錬を怠るのは命取りである。
重さ的にちょうどよい燭台をリリティスは剣代わりに振り回して使い、そして、
手から抜けて飛んだそれが廊下の片隅の台座の上にあった小像に当たって、一部が欠けた。
何でもその地味な像は海の彼方の古代遺跡から発掘された値のつけようもない逸品で、
ミケラン卿は家宝扱いにしているその像を別荘に招いた学者にもよく見せていたとのことだった。
 『見かけによらず、いろいろ壊す、いけない人だ。』
脱走の際にも、天窓を壊した。
少しからかい混じりの明解な文面のその最後をリリティスは読んだ。
 『都から話相手としてエステラを呼んだので、
  わたしの留守中、女同士で仲良く過ごしてくれると嬉しい。』
手紙を脇に置いて、リリティスは先刻ミケランがつまんでいった菓子を眺めた。
荒熱の取れたそれを食べてみた。
砂糖漬けの果実を加えたそれは、溶ける雪の舌ざわりで甘く喉に落ちた。
(ミケランさまは、甘物が大のお嫌いで、昔からまったく口にはされません)
少しでも相手を知ろうと、リリティスは極力ミケランの話題を自分の方から使用人に持ちかけたが、
侍女頭が何かの折にそう云っていた。
リリティスは菓子をよく味わって食べた。
小麦粉の質が郷里とは違うせいか、やはり失敗だった。
(ご婦人の為に珍しいお菓子を用意させることはあっても、
 ご自分は一切好まれず、ミケランさまが甘いものを召し上がることはありません)
像を壊した張本人のリリティスよりも、古代像の価値を教えられている
使用人たちの方が蒼褪めたが、後で聞けばミケラン卿は破損を確認した後、
翼ある人の姿をかたどった小さな像を撫でて云った。
もとより、文明の衰退と共にその文明の中に開花した芸術は、
たとえ掘り起した後世の我々がその泥を取り、重宝しようとも、
これをこの洗練されたかたちにまで育んで昇華した風土とは切り離された、
形骸にしか過ぎない。
「至宝と思えるこの像とて、当時は流行遅れの、誰からも見返られることのない、
 工房の片隅に眠ったまま土中に埋もれたものかも知れぬだろう。
 大津波により一夜にして崩壊した、かつて栄華を誇った都と共に、
 この像も時の大いなる無駄の中に忘れられて、静かに葬られて捧げられるべきものだった。
 現代に生きるお転婆な美しい娘さんが、ちょっとした粗相から形を損なったからといって、
 それを怒る資格のある者も笑う者も、時の彼方に去って、今はない。
 その豪奢なる寂寥こそを、私はこの遺物の上に愛でてきた。
 それを知るわたしごときが、いかような傲慢をもって、何でそれを咎めようか?」
少し笑って、監督不届きであった使用人への叱責は一切なしであったとのことだった。
贈られた剣の柄に手を置いた。
ぞっとするほど冷たいのは、自分の手が冷たいからだろうか。
身が凍えるほどに、リリティスは頼りなく、心細かった。
何かにすがりたいその気持ちを見越したかのように、男はこうして剣を置き残して立ち去った。
その遣り口は非情にも、温情にも思えた。
何処へ、何の用事で出かけるとも、教えてはくれなかった。
兄さんやユスタスと同じように、あの人も私を置き去りにしていった。
リリティスは露台へと出て行った。
そこからは出立するミケラン卿の姿は望めなかった。
湖から吹く風の中、与えられた剣をリリティスは胸に抱いた。
身の丈、腕の長さを測ったかのように、身に寄り添う手ごたえがあった。
ミケランがリリティスの為に選んだ剣には、銘が刻まれてはいなかった。
しかしそれは、探し求めても難しい、目利きにしか見出せぬ名刀だとひと目で分った。
(無銘の剣)
リリティスはしっかりとそれを抱いた。
日常を取り戻すこと。しっかりすること。
フラワン家の女であることを忘れないように立ち振る舞いを決めること。
さもなくば、だんだんと、何が正しいのか分らなくなっていく。
湖を眺めた。深々と空は広く、青かった。
白いドレスが風でまつわりついた。リリティスはしっかりと剣を握って立っていた。
素質あれども、騎士として生きるには烈女や猛女の気質に欠ける娘だと、誰もがそう断じて突き放した。
勝つためには人を嗤い、突き飛ばすことが正しいのだと、誰もが喚きたて、がなり立てている。
それもよろしかろう、私に不足なものが何であれ、それはもとより私の要らないものだ。
(無銘の剣。人々はお前を無価値なものと嘲るけれど、私には分るわ。
 ミケラン卿の眼にも留まったお前。
 これを打ち鍛えた職人のその眼光と心の高さが、私にも矜持となって伝わります。
 天高くその誇りを上げた者の冷徹さこそが、この世で最も偽り無く、未来永劫裏切ることもない。
 お前からは、星の音がする)
胸に抱いた剣はそれを肯定も否定もしなかった。
血や骨にまで染みとおるように重く、ひんやりと氷って、命のようにふるえていた。
しなやかに光るその柄元に、風の中、リリティスは唇をつけた。
私はお前を信じます。
唇が触れたところから、身の内の生命が、剣に吸い上げられて遥かなる空へと駆け上がっていく。
磨き上げられた銀色の抜き身が映し出す精神は、囚われ人のそれではなかった。
リリティスは新しい剣に向けて、騎士の誓言を立てた。
剣よ、お前は私の魂を呼び、試すもの。
たとえこの身が何かに負けることがあったとしても、
お前だけには誠心でいることを、私は誓う。
(またそんな大層なことを)
急いで何処かへと出かけて行った男の声が、真後ろからそんなリリティスを笑って包んだ。
(か弱い女の身で、今度は何を頑張るおつもりなのかな。
 君は眼を開いているつもりでいて、ひたすら眼を閉じている迷い子だ。
 フラワン家の三人の子供は皆優れたる星の騎士。
 なかでも、長子と次男の間に生まれた娘さんは抜きん出た才能を持ちながらも、
 それを引き止める枷が強く、万事において侭ならない。
 ご覧、そんなに慄いて、まだ君は何も知らない。
 世の中は汚く、慾に満ち、その河の中にいる君とても何ら変ることなく同様だということを、
 楽園から離れた今こそ、頭を冷やして学ぶといい)
それは風だった。
リリティスは惑わすものから逃げるように、そっと両腕で己を抱いた。





「続く]




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