黒水仙
V.枢機卿
大鷲級の男たちはいつの間にかその場から姿を消していたので、
枢機卿の郎党を退けてしまった若鷲たちは、意気揚々と連れ立って
居酒屋へと向かった。途中でオクタヴィアン少年は、父君の妹「マリー
叔母さま」と観劇の予定があることを思い出して、彼らと別れた。
どのみち肌を見せた女たちが昼間から路地に立っているような下町の
居酒屋などにオクタヴィアンは連れて行けなかったので、ちょうどよかった。
セヴランは尼僧院から帰ってきたアンドレをねぎらい、どんどん
料理をはこばせた。
「これだ」
ブーティリエ家からオクタヴィアンがあずかってきたテレーズの
置手紙をセヴランはアンドレに見せた。彼らは顔をつき合わせて
それを読んだ。
『後日手紙を送ります。勝手をおゆるし下さい。探さないで。』
「本人の筆跡かな」
「執事に確認をとったそうだ。本人のものに間違いない」
「ブーティリエ家の男たちの誰かが、テレーズ嬢の失踪に関与している
疑いはひとまずこれで晴れたな」
通りすがりの女客がアンドレに色っぽい流し目を寄越した。
アンドレは適当な笑みで受け返した。
「うん。彼らは本当にテレーズ嬢が尼僧院に居たことを知らなかったようだ」
「水晶のブローチの由縁もか」
「テレーズの実母の形見だとしか思ってはいないようだ」
「彼女が故アンジュー伯の血をひく姫だとは知らないのだな」
「そのようだ」
居酒屋は混んでいた。炙りたての肉汁をこぼしながら、食欲旺盛に
二人の剣士は焼き肉にかぶりつき、焼きたての麺麭を頬張った。
セヴランと黒髪のアンドレは歳こそ違うが、アンドレの入隊以来、彼らは
妙に気が合い、以来切っても切れぬ仲なのであった。
アンドレは亭主に酒の追加を頼んだ。
「尼僧長の話では、テレーズは一人で僧院の門をくぐってきたそうだ。
箱入り娘が、いったい誰の手引きで、山の尼寺まで導かれたのだろう」
「そのことなんだが」
セヴランは慎重に声を低めた。
「オクタヴィアンが聞き込みをした女中の話によると、どうやら、テレーズには
恋人がいたようだ」
アンドレは不謹慎な口笛を吹いた。
居酒屋に酒を呑みにやって来た客たちは、奥に固まっているパトリス剣士隊の
青年たちを見るとぎょっとした顔になったが、どうやら自分たちには関係ないと
知ると、もう彼らに構わなかった。この界隈は、路央下水溝がちょろちょろと
不潔な汚水を流している貧民街に隣接した下町であったから、居酒屋に集う
人間たちもそれなりの下層階級であった。貴女はひとりでは歩けぬところ、
オクタヴィアン少年など、もしも彼がその見た目を裏切る剣術の達人でなければ、
彼を少女と間違えた悪い人間に捕まって、寄ってたかって陋屋に引きずり
込まれてしまっていただろう。
セヴランの顔は曇っていた。
「どうした、セヴラン」
「云ったものかどうか」
セヴランはその灰色の眸をひたと卓上の盃の上に据えて、懊悩を
含んだ声で囁いた。
「それがその。ブーティリエ家の女中の話によれば、どうやらテレーズの許に
こっそり通っていたその恋人とは、俺たちの仲間のようなのだ」
「えっ、パトリス剣士隊の者か」アンドレはさすがに絶句した。
「黒水仙の隊服を目撃されている。その女中はおおいにテレーズ嬢に
同情しており、義兄たちの魔の手からテレーズ嬢を逃すために、その恋人の
男がテレーズ嬢を尼僧院へ送り届けるのも見てみぬふりをしていたそうだ。
もちろん、このことはブー家の兄弟は知らない」
「その日、非番で不在だった隊士があやしいな」
「このことが枢機卿側に知られたら、わが隊の破滅だ」
「何時頃、その男はブーティリエ家の周辺に現れた?」
「だいたい毎日決まった時間に」
「ということは、規則に縛られている宿舎住まいの人間だ。任せてくれ」
宿舎ぐらしのアンドレは片手を上げた。この男はそういった艶ごとに
関しては嗅覚が利くのである。すぐにその男を割り出してみせると請合った。
セヴランが口端を皮肉に曲げた。
「それでは、ただの駈落ちである線もでてきたぞ。つまらん」
彼らの足許では、猫とねずみが追いかけっこをしていた。長靴の先で
セヴランは猫を退けた。
「その男は、ブー家のよこしまな兄たちから一旦テレーズを尼僧院に
隔離しておいて、森に薬草を摘みに来る機会をとらえ、彼女をまた別の
ところへと移したのかな」
「いや、それならば、このブローチが売りに出された点が不可解だ」
アンドレは袋から取り出したそれを居酒屋の卓においた。
獣脂ろうそくの明かりに、それは水のような光を反射してきらきらとくるめいた。
「女ならば、母の形見を生涯大切にして、滅多に売り飛ばしたりはせぬものだ」
それは、金枠に水晶をはめ込んだブローチであった。ブーティリエ家の居間に
オクタヴィアンが残してきた硝子細工の贋物とは違い、重みのある、本物であった。
修練女失踪事件を、パトリス剣士隊出動にまで引き上げた、その品であった。
「どちらにせよ、それを古物商に売りに来たのがうちの隊の男だとしたら、
パトリス様は、面目丸つぶれだ」
二人はじっとそれを見つめた。
さて、王宮へと眼を向けよう。
華麗なる王朝とは、戦いと陰謀、嫉妬と欲望を引き連れて、うず巻きの
ように回るものである。
現国王は国政補佐にデギュイヨン枢機卿というやり手を迎えて、まずまず
大波なく国をまもりおおせておられたが、未曾有の国難といった事態には
陥っていないだけであるという辛口の世評もこうむっていた。比較しても
仕方がないことながら、何といっても、それまでの御世、つまり父王の時代は、
寝ても醒めても諸外国から戦を仕掛けられているといった按配であったから、
血と泥の中で臣と心を一つに合わせ王家の旗を死守しおおせられた先代の
感動的な逸話の数々と比べれば、精彩を欠いていたとしても致し方なかった。
話にたびたび上がっているアンジュー伯とは、その先王の庶子である。
王位継承権こそなけれども、陰ながら父王を支えて、数々の戦に従軍、
勇猛果敢できこえたお人である。
その先王が寿命をまっとうして神に召され、現国王が即位された時には、
長年の戦により、かなり目減りした国庫が新王の前に口をあけているだけであった。
途方に暮れている王を支えたのが、その、今は亡き先王の庶子アンジュー
伯だったのである。
艶福家でつとに有名な方ではあったが、アンジュー伯は異母弟にあたる
王をもりたて、先代の御世を知る彼が旧から新への架け橋となり、何かあれば
王は、弟のオルレアン公とデギュイヨン枢機卿に相談の上、さらにそれを
アンジュー伯にきいてみるといった穏健策にて、権勢の偏りを防ぐことができた。
先王と共に戦場を駈け抜けた庶子アンジュー伯は、そんなかたちで実の父と
王家と国に仕え、世代交代を穏やかに果たして、そして死んだ。
その後、オルレアン公派と枢機卿派に宮廷が二分されてしまったことは
先に述べたとおりである。
「パトリス」
両手をひろげて、近衛剣士隊長パトリスを出迎えた貴人の名は、王弟
オルレアン公フィリップ。二人はすぐに宮廷の一室にこもり、ひそひそと
相談をはじめた。
「ご注意しましたのに」
まずパトリスは厳しい顔をつくって、フィリップ王弟殿下の不注意を指摘した。
「その香水。殿下がどこをどう歩いたかをこれ以上、敵にはっきりと
伝えるものはございません」
「だからこそ、ご婦人用のものを愛用しているのさ」
「それでも分かりまする。殿下の香水は、竜涎香や霊香の中にあっては
まるで芳しい花園を連れて歩いておられるも同然。方々に花をこぼしながら
われはここぞとご自分から教えておられる」
「武官さんはこれだから。このわたしが動物性香水や安物などまとえるか」
オルレアン公フィリップはひらひらとレースの袖口をひらつかせた。
当代きっての色男フィリップの前に佇んでいるのが、我らがパトリス剣士隊
率いる王従弟、下々からは「黒水仙の君」と愛称されるパトリス、その人である。
黒水仙の君。
そのあだ名がもっとも似合った若い頃も、パトリスはそれをきくと相手をぐっと
睨みつけて、不快の意を隠さなかった。
「黒水仙だけならよい。しかし黒水仙の君とはいかん。軟弱に聴こえる」
とのことであるから、王弟殿下の香水にいい顔はしなくとも、パトリスは
パトリスなりに、譲れぬ美学の持ち主であった。
万事が武ばった剣士隊長の姿かたちといえば、隼ごとき眼光するどき
両目に、年齢を少しも感じさせぬきびきびした足どり、若白髪まじりの
頭髪に、百戦錬磨の勲章としての頬の一文字傷といった、ぱっと見た目は
王侯貴族の中に紛れ込んだる、海賊の頭領。王の従弟といっても、先王の
ご兄弟の庶子というもっぱらの噂である。
庶子庶子と、何やら私生児が多いようであるが、宗教面をさておいても避妊や
堕胎といったものがまだ医学的に確立されていない、そういう時代である。
その反面、貴族の間ではご乱交ともいうべき恋愛遊戯がおおいに奨励され、
横行していたのであるから、生まれる子供も必ずしも正式な結婚で結ばれた
妻の子とは限らない。認知、非認知入り乱れて、誰がだれやら分からない。
戦王であられた先王の子として、庶子アンジュー伯、現国王、オルレアン公
フィリップ。そして先王のご兄弟の子が「黒水仙の君」パトリスである。
国王の従弟にあたる。しかしパトリスは庶子とのことなので、父母のどちらかの
不貞の子、しかもパトリスは六男であった。
武勇に優れた先王を崇拝していたパトリスは、おのれも先王に使えた
アンジュー伯のようにならんとして幼い頃から武芸に励み、剣稽古と修練を
怠らず、貴族的な優雅さとはほど遠い生活を送りながらも、肉体的精神的な
鍛錬によって現在の名誉ある地位を築きあげた。この見るからに武人たる
パトリスと、当代きっての洒落者であるオルレアン公が、昔からの親友なのであった。
「そうだ、君の恋人のノアイユ伯爵夫人にも、ひとつ贈り物をしたいな。
どんな香りがいいだろうね、パトリス」
「フィリップ王弟殿下」
「薔薇、ラヴェンダー。処女の手で摘み取られた花々が、君たちの愛の語らいと
その褥を飾るのだ。クマツヅラもすてがたいな」
「殿下」
「れいの修練女はまだ見つからないのか」
「ブローチは本物でした」
「つまり、それは」
オルレアン公は真面目になった。
「その、修練女は」
「テレーズ・ブーティリエは、故アンジュー伯の娘ということです」
「他にも大勢いるうちの、ね」
「晩年になってからもうけられたお子ということになりますか」
「それが何故、何の目的で修道院から攫われたのだろう」
「三つ考えられます。一つ目は、山賊の仕業」
「尼僧を攫うかい。身代金もとれぬのに」
「ありますまいとは存じますが、テレーズは誓願前の修練女。その上に、
ひと目を惹くほど美しい乙女だったそうで」
「それでは、山賊ならずとも邪心を抱く者は他にいたかもだね。二つ目は」
「二つ目は、恋人と示し合わせての駈落ち」
「ああ、それならいい。幸せな結末だ。最初からそのつもりで尼僧院に
隠れていたのではないかな」
「ブローチを売るとはちと考えられませぬが」
「そうかそうか。それで、三つ目は」
「三つ目は、枢機卿」
「しっ」
オルレアン公はパトリスを黙らせた。
「宮廷は枢機卿の密偵だらけであることを忘れずに」
「ねずみに聞かせてやりたいと思いまして」
パトリスがその隼の眼を壁に向けた。
王宮の官房では、緋色の猊下ことデギュイヨン枢機卿がお抱え剣士の
カンタンと密談の最中であった。枢機卿の人となりはすでに述べた。
「尼寺から修練女が失踪した。山賊の仕業、はたまた駈落ち」
「はい。閣下」
「そして、三つ目は?」
カンタン相手に独り言を云いながら、枢機卿は一人将棋をしていた。
骨ばった色の悪い手が、馬駒をすすめた。
「三つ目は、娘さんの意志」
カンタンは愕いた。
「テレーズ・ブーティリエは何処に行くのにも兄か、召使女が必ずついて
いた箱入り娘であったようですが」
「田舎から戦場に出てきた乙女の例もある。年頃の娘というものは、時として
世の中が仰天するような思い切ったことをするものだ。義兄たちの言いなりに
なるような娘ならば、最初から尼僧院に逃げることもなく、そのままおとなしく
家にいただろう」
「その尼僧院と、テレーズを繋ぐ線が見つかりました」
カンタンは用意の紙片を読み上げた。
「テレーズがブーティリエ家に引き取られる前にいたモンバゾン家で、赤子で
あったテレーズの子守をしていた女がいます。この女が夫君の死を境にして
尼になる直前、田舎からテレーズを訪ねてきたそうです。女は数年前に修道院で
息を引き取っておりますが、テレーズはそのことを憶えていたのでしょう。
その女がいた修道院というのが、修練女テレーズのいたあの尼寺でして」
「ほら」
枢機卿は駒を動かした。
「少なくとも、その尼僧院を選んだのは娘さんの意志というわけだ。最初から
逃亡の計画があったのなら、尼僧院を経由するような面倒はするまいからね」
「モンバゾン家に勤めていたその子守女が、テレーズ嬢に、アンジュー伯の
私生児であることを教えた可能性もあります」
カンタンは駒を動かしている枢機卿の手許を見ながら云った。
「先王のお血筋を引く姫君であることをテレーズ嬢は、知っていたのでは」
「ありうる。しかし娘さんはそれを知ったところで、行動をおこすことはしなかった。
貧しいならともかくも、ブーティリエ家は裕福な商家であるし、そこで養女として
何不自由なく暮らしていたのだろう。なにしろ当のアンジュー伯も、事情を知って
いるであろうモンバゾン家の両親も、揃ってもうこの世を去っているのだ。
訴え出てみたところで、もしも間違えていたら、とんだ恥さらしになるか、へたを
すれば監獄行きである。舞い上がって騒ぎ立てなかっただけ、思慮分別のある
娘さんだと思わぬか」
デギュイヨンは心中で付け加えた。そういった考え深い娘ほど、一度なにかを
思いさだめたら、思い切ったことをするものだ。
「閣下。お耳を」
カンタンは囁いた。
「テレーズ嬢がひそかに逢っていたという、恋人の男のことですが」
「わかったか」
「どうやら、パトリス剣士隊の者のようです」
緋色の猊下は駒盤から眼を動かさなかった。しかしその薄い唇は傍目からは
そうと分からぬほどに微笑んだ。デギュイヨンが興を覚えたとみて、カンタンは
張り切って調べたことを読み上げた。
「ブーティリエ家は印章を商う老舗店。テレーズ嬢は、看板娘として時々店の
方に出ることもあったそうです。その男とは、その時に知り合ったようです」
「よく調べたな」
「テレーズ付きの小間使いを脅し上げて吐かせました。兄たちが留守の日に
なると、ブーティリエ家の裏門のあたりにいつも同じパトリス剣士隊の若い男が
現れて、手紙を塀の間に差し入れて通り過ぎたそうです。庭に降りてそれを
取りに行くのは、テレーズ嬢だったとか」
「ということは、修練女は行方不明になったのではなく、その者と示し合わせて
駈落ちしたと考えるほうが自然だな」
「閣下。おそらく古物商にテレーズ嬢のブローチを売りに来た若い男というのは
恋人のその男では」
「パトリス剣士隊の」
「パトリス剣士隊の。ブーティリエ店の受注名簿を辿れば、すぐに名が
割り出せるかと」
「これは愉快」
片手で盤上の駒を倒して集め、函に入れて片付けながら、デギュイヨンは
カンタンに金貨をくれた。カンタンは身をかがめ、デギュイヨンの痩せた指先に
接吻して、褒美の金貨を受け取った。
「おそらく、パトリスの方でも大急ぎでその件を調べているだろう。
人が苦労して国を支えている間、親密な外交と宮廷の調和、協調こそが何よりも
大切とうそぶいて花よ蝶よと調子よく遊び回ってばかりいる王弟や、ばかの一つ
憶えのように生涯こればかりと剣を振り回しているような者たちに、手痛い
お灸をすえて一泡ふかせてやる、よい機会」
一刻のち、廷臣たちを集めて行われていた王の賭け事が終わって、ようやく
デギュイヨン枢機卿は官房から王の前へと通された。
「陛下。ご機嫌うるわしゅう」
「おお、デギュイヨン」
伺候した枢機卿を王は手招いた。
「もそっと近う」王はびくびくと周囲をうかがった。
「何しろ宮廷には、枢機卿の密偵がたくさんおるからな」
「陛下。おそれながら」
「ああ、そうだ、眼の前にいるあなただった。すっかり口癖に。今のは忘れて
くれるよう」
王は、しばしば臣民に大迷惑をかけることもある才気ばしった独善的な
ところもない代わり、暗愚でこそないものの、何かにつけてすぐに人を頼る
御方であった。しかもその頼る相手というのが、その場その場でころころと代わり、
要するに王にとっては、その時々で、もっとも自分に好いことをしてくれる者が
よい臣下であり、頼りがいのある者であり、信じられる者なのであった。
「陛下のご信頼を疑ったことはございません。陛下も同様に、このわたくしを
信じて下さっているものと確信しております」
「そうだとも、そうだとも。ところで、デギュイヨン」
王はいそいで話を変えた。
「アンジュー伯の娘のことだ。何か進展はあったかな」
「先王の庶子アンジュー伯の姫君でございますね」
「そうです。もしその娘がまことにアンジュー伯の子ならば、王としても、父王の
子としても、わたしは伯の恩義を忘れてはおらぬことを、父上の孫娘で
あるその娘に対して示さねばなりません」
「一時はアンジュー伯のご落胤を名乗るにせものが絶えませんでしたが、
すべて真贋の区別をつけて、本物と認められた方々には、爵位や領地や
金を与え、宮廷への出入りもゆるしております」
「アンジュー伯こそは、余が第二の父とも思うた方。アンジュー伯に代わり
余が彼の遺児たちの父代わりとなるのは、当然のことです」
「彼らはそれぞれに陛下の徳をたまわってございます」
「あなたも知ってのとおり、父王の御世から度重なる国難をこの国が乗り切って
これたのは、私利私欲を投げ打って王家に仕えてくれた、アンジュー伯の
おかげなのだからね」
「まことに、陛下のおっしゃるとおりでございます」
「それで、だから、此度もそうしなければ」
「まことに陛下は国王にふさわしきご器量の御方でございます。亡き先王も
さぞやおよろこびのことでございましょう」
「その娘のことは、デギュイヨン、あなたに一任します。尼僧院から姿を消して
しまったなどと、身が案じられるね。はやく」
「そのとおりに」
「特にあなたにこれを打ち明け、あなたを頼りにしているのだからね」
王は誰にでも、こう云うのであった。当然、パトリスにも呼び出して同じことを
云っているのであろう。それを知る枢機卿はただ、
「わたくしは国王陛下のしもべでございます」
王に応えるのであった。
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