■Y.
まさか、断られるとは。
その夜のうちに、エトラはカルビゾンを出て行く旨をジャルディンに告げた。
扉の外にはエトラの侍女と護衛が手燭を片手に、廊下を見張って立っていた。
「断る」
ジャルディンはきっぱりとエトラに返答した。
エトラの従者とはいえ、客人待遇であるジャルディンの部屋は広く、
小ざっぱりとして悪くなかった。
片隅に寝台と、長持、書架台、卓に椅子、一通りのものが揃えられ、
何処でも寝ることが出来る傭兵には、過ぎるほどであった。
ただし、誰の指図か、そこは城の片隅にある、平生は使われていない無人の棟であった。
そんな傭兵の部屋で、夜中に二人きりでいるところを見つかっては
どんな噂が立つか知れない。
それもあってか、エトラはその晩も男装していた。
変装にもならぬ変装姿の、そんな少女を前にして、窓辺に凭れたジャルディンは首を振った。
大きな月が出ていた。
「そう」
エトラは怯まなかった。
断られた時の覚悟も決めてきたとみえて、
「では、いいわ。一人で城を出て行きます」
怖いほどに澄んだ眸をしてあっさりと云いきった。
それにはジャルディンのほうが少し愕いた。
エトラは何を怒っているのだ。ああ、そうか。
ジャルディンは腕組みをほどいて、きまり悪く、首筋を撫でた。忘れていた。
昼間、侍女を膝に乗せているところを、エトラに見つかったのだった。
「あれは、お前が悪い」
ジャルディンは憮然として云った。
男と女が一部屋に入るところを見たら、察しくらいつけろというのだ。
エトラは負けてはいなかった。
「もしカルビゾンが気に入らなかったら、わたしを連れてカルビゾンを出てくれると、
あなたは云ったわ。それなのにその約束を、お気に入りの侍女が出来た途端に
反故にするのね。それならいいわ。よく分かりました。あなたにはもう頼まない」
「何か話があって来たのだろう」
「用件はもうすんだわ」
「では、こうしよう」
ジャルディンは窓際に椅子を運ぶと、それにどっかりと腰をかけた。
そして両腕を広げて、手の動きでエトラを呼んだ。
「-----なに」
「それなら、亜麻色の髪の侍女と同じことをしてやろう。俺の膝に乗れよ」
「誰がっ」
「外に聴こえる」
ジャルディンは部屋の扉を示した。
彼の意図を察し、エトラは口を閉じた。
窓からは、夜空と、対角の建物の上層階の灯りが見えた。
エトラは傭兵の許に近寄ると、ジャルディンと囁きを交わせる間隔にまで、
慎重にその顔を寄せた。
「膝には乗らないのか。つまらないな」
「痴れ者」
「エトラ」
窓辺に立とうとしたエトラの腕を掴んで、ジャルディンは引き止めた。
窓の方を振り向かずに聞け。
この部屋は、向かい斜め上のあの部屋から見えている。ちょうど見下ろせる。
「王女が傭兵の部屋に向かうと知って、何者かが早速に、
この部屋を見張っている。
廊下にいるお前が連れてきた侍女も護衛も、信用できたものではない」
そんなことを云いながらもジャルディンは、カルビゾンの陰謀に興味津々のようで、
この状況を大いに愉しんでいるようであった。
エトラは男の膝の上などには興味がなかったが、
椅子にかけたまま腕を広げて眼の前で待ち構えている傭兵があまりにもふてぶてしいので、
ふと負けん気を起こし、野うさぎが巣に帰るような気持ちで、ためしに横ずわりに乗ってみた。
浅くすわったので、安定が悪かった。
落ちないように、傭兵の首に腕をかけた。
ジャルディンの腕がエトラの背中に回り、それを支えた。椅子の上で抱き合う格好になった。
二人はしばらく、近くから互いを見詰め合った。
「お前が目撃したのはこれだ」
「何よ得意げに。あなたが侍女を膝に乗せなければ、こんな格好にはならないわ」
「続きもある」
「結構です」
ひそひそと声を交わした。
カルビゾンの城の中では、二人とも、よそ者であった。
傭兵はエトラを膝に乗せたまま、金色の髪に隠された少女の耳に囁いた。
「きっと見張っている眼からは、俺たちがいいことをしているように見える」
「カルビゾンを出て行くわ」
憤然としてエトラはジャルディンの膝から立ち上がった。
ジャルディンは腕を下ろして、あっさりそれを許した。
ますますエトラは不愉快だった。
「わたしが居なくなれば、カルビゾンは元どおりになるはずだわ。
ナイアードお兄さまは、しかるべき貴族から正妃を選ぶなり、
大国から同盟締結のあかしとして、姫をもらうなりするといい」
「それはどうかな。エトラツィア王女の存在そのものが不都合である場合には、
こうして生存が明らかになった以上、たとえ逃げても追っ手が来るだろう。
遠方でそのまま朽ちてゆくはずだった王女が、こうして立派に成長して
その健在を知らしめたのだ。それを邪魔に思う者がいる。
逃げても、国の内外から狙われることになるぞ。
霊廟前でお前を射たあの毒矢、お前は誰があやしいと思う」
「ギリファム王子」
峠道でギリファムに狙われたエトラは、当然ながらそう思っていた。
「お父さまが生きている間は抑えられていたけれど、当時、
よそ者であり敗国の姫であったわたしのお母さまへの風当たりは相当にきつかったのよ。
お父さまがお亡くなりになって、城を出て故郷に帰るお母さまに附いて来てくれた使用人は、
それが新王ナイアードの意向であったというのもあるけれど、
城の中での陰湿な派閥抗争に心底疲れた人たちでもあったわ。
ギリファムがあのように峠道でわたしを葬ろうとしたのだって、
霊廟前でわたしが射られたのだって、
わたしの到着前から、城の中で、お母さまの娘であるわたしに対する拒絶感や、
是非をめぐる抗争があった証拠だわ。
わたしがここにいることで、またお母さまの時と同じことが起こるのなら、
わたしはカルビゾンを出て行きます」
決然とした顔つきで並べ立てるエトラの顔つきに、
どうもそれだけではなさそうな懊悩の曇りを見て、ジャルディンは悟った。
エトラは、ナイアードに愛妾がいることを知ってしまったのだろう。
右手に心。左手に永遠を。
愛を、王冠を。
それはここカルビゾンにおいては、叶わぬことの喩えである。
ナイアードの愛妾とその子供の存在は、立場を逆にすれば、かつてのエトラと母に重なるものであり、
その中で見聞きした人々の苦難と哀しみは、はっきりとこの少女の性格に濃い影をおとしていた。
そして、そんなエトラの八つ当たりは真っ直ぐにジャルディンに向けられた。
父のことや従兄のこと、侍女と睦みあっていた傭兵のことを合わせていろいろ考えているうちに、
男なんか不潔よ、どうやら年相応に、そんなところに順調に飛躍したらしく、
「いやらしいわ」
きりっとジャルディンを睨んだ。
頬を染めて唇をかみ締めているエトラは、
どんな気難しい絵描きでも一撃で陥落するほどに冴え冴えしく清らかで、
無理難題を突きつけられた高い心を持つ女のように、そこにそうして立っているだけでも
まさしく鑑賞に値したが、エトラの結論はそれでよくてもジャルディンはそうはいかない。
手を見せてくれ、とエトラに頼んだ。
ジャルディンの申し出にまだ怒った顔をしながらも、エトラはじゅうぶんな距離をとった上で
その両手をジャルディンの手にあずけた。
かたちのよい、すべすべとした、華奢な手だった。
少女の両手の表裏を調べた。
包帯は取れていたが、転倒した時に負った傷は薄いその皮膚に裂け目を残し、
まだ完全には治っていなかった。
ジャルディンは立ち上がった。
不審げなエトラを無視して、棚の上においてあった包みを取ると、その結び目をほどいた。
ジャルディンはエトラを遠ざけたまま、写本の表を向けて見せた。
金箔されたカルビゾンの紋章が踊る炎のように蝋燭の灯に浮き上がった。
訝しげにそれを見つめていたエトラは、しだいにその眼を見開いた。
それは王太后が西の塔でジャルディンに手渡した、古写本であった。
ジャルディンはエトラの手の届かぬ高みに写本を掲げて、
少女の手に本が渡らぬようにしながら、王女を見下ろした。
「------どこにあったの」
王女は、その手を静かにジャルディンの持つ本に向けて伸ばした。
水色の眸を懐かしくさせて、やさしい顔になり、そして手が届かぬことが、ひどく淋しそうだった。
それを見せて。どこにあったの。それは、お父さまのご本だわ。
子供の頃によく読んで聞かせてもらったわ。伝説のアルケイディアが書かれてある。
アルケイディア、七つの宴の都よ。楽園、豊かなる光。
木陰でそれをわたしに聞かせてくれた、お父さまお母さま。お二人の声を憶えているわ。
今も憶えているわ。
「緑かがやきわたる、アルケイディア。
右手に君が心、左手に永遠を。
しずかなる、夕べの雨に包まれし御園よ。
わたしは子守唄がわりにこれを聴いて育ったの。
その本はどこにあったの、ジャルディン」
腕を伸ばして背伸びをした少女の手から、ジャルディンは本を高く上げることで、遠ざけた。
傭兵の眼と、王女の眼が合った。
「どこにあったの。それはお父さまと一緒の舟で黄泉の国に旅立ち、死の河を渡ったはずよ」
しかし、ジャルディンは別のことを訊いた。
「いま何って云った。右手と、左手に」
「右手に君が心。左手に永遠」
本を取ろうとするエトラを退けながら、ジャルディンは何かを考え込む顔をした。
それに気がつかぬエトラは、ジャルディンから写本を奪おうとし、
ジャルディンは部屋を動き回って、後退したり、反対の手に持ち替えたりした。
しばらくそれが繰り返された。
「わたしにそれを渡しなさい、ジャルディン・クロウ」
床を踏み鳴らしてついにエトラが放った大声に、扉が叩かれる音がした。
エトラ様。大事ありませんか。
「大事ありません。すぐに出ます」
心配して様子をうかがう侍女と護衛に扉越しに応えると、エトラは負け惜しみを云った。
もう夜も更けており、これ以上王女はここに滞在は出来なかった。
「いいわ。その本は、あなたに預けておく」
「先王の柩の中にあったものが、こうしてここにあるのが不思議だとは思わないか」
「どうせ、教えてくれないのよ」
外套を羽織ると、エトラは頭巾を深くおろして顔を隠した。
あなたも、ナイアードお兄さまも、他の者たちも、
わたしに隠し事ばかりしている。それならいいわ。わたしもそうします。
ジャルディンは念を押しておいた。
「あれだけの見張りに囲まれていていは、
人知れずカルビゾンを出て行くことなど、もう叶わんぞ。
それもこれも、お前が今日、勝手に城を抜け出したりするからだ。
城の警固が厳重になったのは、お前のせいだぞ」
王女が城内で賊に射られるのを看過しただけでなく、
小姓姿のエトラが荷馬車の影に隠れて単身で城門の外に出て行くのを見逃した上、
それに愕いた王がご自身で下街にまでエトラを探しに赴かれたとあっては、
城の警備責任者が首を揃えて恐懼し、縮み上がるのも当然で、
直ちに厳命が行き渡り、結果として、城の警備は、まるで戦時中でもあるかのように、
夜間でも篝火が赤々と燃え、いっそう強固に、物々しくなってしまったのである。
そして、この戒厳令は、王女のお披露目が済むまで、ずっと続くと思われた。
苦々しくジャルディンは云った。
「俺でも、この警備網を抜け出して外に出るのは至難の業だ。
お前を連れて出て行くことなど、もう不可能だ」
エトラは振り返った。
男装しても隠しおおせるものではないその美貌を、そうして厳しくしている様は、
繊細な氷の像のようだった。
水色の眸をひたとジャルディンにあてて、息が詰まったような顔をして、
少女は何かを願っていた。手が届きそうでとどかない、何かを。
ジャルディンは古写本を背中の後ろに隠した。
「お披露目が終われば、わたしはもうカルビゾンの人間として、
ナイアードの正妃として公認されてしまう。ジャルディン。それでもいいのね」
いったい、それはどういう質問だ。
口を開く前に、エトラの姿は扉の外に消えていた。
いいも悪いもない。もとよりこちらは完全なる部外者である。
エトラがそれでいいのなら、こちらに口を出す資格などない。
窓の外を見ると、エトラが侍女と護衛兵を連れて、東の塔に去っていくところであった。
(変な噂があるのよ)
これ、わたしが喋ったと、誰にも云わないでね。
エトラツィア様のためよ。
亜麻色の髪の女はジャルディンの解かれた黒髪に指を絡めた。
こちらの部屋を見下ろす対角の棟の上層階の灯は消えていた。
ジャルディンは椅子を卓に寄せ、灯を近づけた。
留め金を外し、古写本を広げた。
花鳥の意匠があしらわれた飾り文字が蝋燭の灯に浮き上がった。
紙ばさみの端を使って、爪の間に毒が入らないように注意しながら、頁をめくった。
噂好きの女に共通する、責任回避の常套文句を前置きした後で、
つまらない中傷よ、と亜麻色の侍女は噂の是非を最初に否定した。
エトラツィア様は、本当は、先代王の御子ではないというの。
正妃との間にも子が出来なかったのに、カルビゾンに連行されてから、
十三年目に姫が懐妊するなんておかしい、それが理由よ。
(王さまだっていつも塔の中のお姫さまに逢いに行けたわけじゃないわ。
誰かが侵入しようと思えば、そう出来たかも知れない。
金の髪の姫君は、少々、お心を病んでいらしたから、
誰かがご寝所に押入って無体をはたらいたとしても、それが誰か、
判別がつかなかったかも知れない)
(王よ、わたくしどもは、王の御為に、あの女を罰したのです。
王のご不在中に、あの女は王子さま方を後宮に通わせておりました。
お若き王子さま方をたぶらかした上で、王を殺すつもりであったに違いないのです。
謀叛を企む、毒蛇のような女でございましたのです)
(ここに来てはいけません。-----何をなさるのです。おやめ下さい!誰か、誰か)
「もしそれが本当だとしたら、エトラ様は、いったい誰のお胤だと思う?」
亜麻色の髪の侍女はこの手の話には付きものの、しのび笑いをもらし、
ジャルディンの胸に頬をすりつけた。
「わたしはその姫君を知らないけれど、
エトラ様を見ているだけでも、そのお美しさは想像がつくわ。
カルビゾンを強国にするために、王さまには是非とも隣国のお姫さまを娶って欲しいと
切望してきた一派ですら、エトラ様のお姿を見るなり、見惚れていたほどですもの。
どんな男の心をも惑わす美女に、誰が抗えるかしら。
そしてそのお姫さまが、手の届くところに幽閉されておられたとしたら」
(おお、まさか!わたくしどもが王子さま方に、
あの女についてよからぬことを吹き込んだなどと!
あの女が罰せられるのは、これは天罰というものでございます。
王子さま方はあの女を打擲することで、父王さまに代わって、あの女に制裁を加えられたのです。
少しでもおのが身を恥じる心があるならば、首を括って死ねばよい。
それを、王に危害を加えることで開き直ろうとは、何という厚顔無恥な女でしょう。
正義がふるわれたのでございます。何もかもあの女が悪いのです。
わたくしどもは、王の御為に。王よ、王よ、お慈悲を)
(ジャルディン。------母を見てはいけません)
右手に君が心。左手に永遠を。
女は、打擲などされていなかった。
口枷を与えられ、二人の王子の手で両手両脚を抑えられ、
身を過ぎてゆくものに抗い、すすり泣くような声を上げていた。
女が帝王を殺めようとしたのは、その翌日だった。
『変わった綱の結び方ね。どうして、船乗りになったの』
これは船乗りの結び方だと教えてやると、エトラは興味深そうにそれを見ていた。
木陰で休憩をとった。
草の上に寝転んだエトラは、その金色の髪も白い肌も、青い光に淡く包まれ、
今おもえば、この本の中に謳われている、空想の楽園の苑に眠り続ける乙女の、
ちょうどその映し絵であった。
午睡から目覚め、緑の中にうつろう日差しをうっとりと追い、
隣にジャルディンがいるのに気がつくと、幼子のように微笑んだ。
『子供の頃の夢をみていたの。もうすぐ、帰れるわ。』
しのび寄る複数の足音は、傭兵の部屋を目指し、泥の中に動く魚のように通路を這い進んだ。
ジャルディンは写本の頁をめくった。
扉が開かれた時、そこに兵士が見たものは、窓の向こうに輝く大きな月だった。
月を背に、暗闇にも鮮やかな抜き身の剣を床につけて立っている、傭兵の影だった。
「ど素人」
彼らは傭兵の覚めた声で迎えられた。
灯を吹き消した部屋の中で、彼は侵入者を見廻した。
傭兵は剣を背に回した。
「このような狭い場所に、そんな大勢の長剣は無用だ。お前たちで相討ちになるぞ。何の用だ」
「やれ」
しっと主格が命令を発した。男だちは剣を抜き放った。
ジャルディンは剣を横殴りに大きく流し、初撃を跳ね返した。
「誰か、来てくれ」
大声を発したのは、助けが欲しいからではない。
彼らが何者なのか知りたかったのである。
剣が振り下ろされ、風が切れた。
角燈を蹴り上げて灯を消すと、ジャルディンは右に左に、兵士たちを剣先であしらい、
かと思うと瞬く間に相手の懐に飛び込んで、たちまちのうちにその剣を叩き落とした。
黒い翼を広げた猛禽のごとく、兵の眼には、何か翼のようなものが過ぎたとしか見えなかった。
そして、眼前に閃くものを見たと思った時には、腕なり脚なりを斬られ、
息が詰まるほどの強い力で床に突き飛ばされ、蹴り倒されていた。
ほとんど足音も立てずに、傭兵はそれをやってのけた。
まともに討ちあった者は、手首が砕けそうな力に圧されて、弾き返された。
反対側の壁際に背をつけた。
(狭い)
夜目が利くものの、これではさすがにやりにくい。
何となれば、最初は数名と見えたものが、続々とさらに増員されて、
新手が切れないのである。さらに、新しく持ち込まれた角燈の灯が辺りを照らした。
足場で軽く跳ねた。卓を蹴倒して、盾にした。
ジャルディンの眼は開け放されたままの扉に向いた。
兵を押し退けて、大声で辺りに怒鳴り散らしながら、誰かがこちらに向かって来る気配があった。
この騒動に気がついて誰かが救援に駆け付けてくれたのであろうか。
ジャルディンの期待は裏切られた。
「いつまで手こずっている!」
それは王弟ギリファムの声だった。
兵を引き連れて現れたのは、まさしくギリファム王子であった。
王弟は鞭を手に、勝利を確信した引き歪んだ笑みを浮かべて、
片隅に陣取ったジャルディンを睨み据えた。
その双眸は並々ならぬ一念に燃え上がり、その眼の奥には愉悦すらあった。
「おう。誰がカルビゾンの王女にその汚い手で触れてもいいと云った。傭兵」
「覗きが趣味か、王弟」、片脚で卓を横に倒して、ジャルディンは王弟の前に姿を現した。
対角の建物からこちらを覗いていたのは、それでは王弟の手の者か。
灯りが向けられて、傭兵の姿を照らし出し、あたりはすっかり明るくなった。
「嫉妬か。峠では王女を兵の慰みものにしてやるとまで云った王弟が、
どういう風の吹き回しだ」
「なるほど。お前たちはあの時、やはりあそこに隠れていたのだな」
ギリファムは眼を細めた。
「どうりで、エトラのやつが俺を見る眼が冷やかだと思った」
「エトラを手に入れる気か、王弟」
「だとしたらどうだ」
「だとしたら、お前は王の叛逆者だ。エトラツィアはナイアード王妃となる女だ」
「俺がそうはさせぬさ。この国も、エトラも、腰抜けのあの兄にはやらん。
カルビゾンは俺が大きくする。俺の国だ」
「王位簒奪を」
「さあ、どうかな」
「王冠と愛の両方とは、慾深い男だ」
通路をうかがった。びっしりとギリファムの兵が埋め尽くしている。
ギリファムはジャルディンに鞭をくれた。
咄嗟に腕を立てて防いだものの、その隙に兵に手足を押さえ込まれ、剣を奪われた。
ギリファムはジャルディンに胸倉に鞭を突きつけた。
「この国の悪習は俺が一掃する。
手始めに、エトラの身辺から邪魔者を取り除いてやる、こうしてな」
エトラツィアの周りをうろちょろしやがって。
あの娘も孤立無援になれば、少しはしおらしくなるだろうさ。
「おっと、そうだ。
この部屋には王太后が先王の柩から取り出した古写本があるはずだ。
王太后がエトラを毒殺しようとした罪の証拠になる。探せ」
「あの本は別の者に渡した」
「決めるのはお前じゃない」
古写本のことを何故ギリファムが知っているのかは、すぐに知れた。
ギリファム王子の後ろに立っていた人物は、先ほどから蒼褪めた顔をして見守っていたが、
ジャルディンと眼が合うと、俯いた。
バーレン。
「どうだ。カルビゾンの霧は深いと俺が云ったのは、間違いではなかっただろうが」
引き攣った高笑いを上げて、ギリファムは縄をかけられるジャルディンを嘲った。
いい格好だな、傭兵。
数で敵わぬとみるや、引け際もいい、肝の据わった奴だと云ってやりたいところだが、
お前こそ人一倍、身の保全に敏感で、臆病で、生への執着が浅ましいのさ、この格好つけが。
小娘ひとり、旅の間にたぶらかすのは簡単だったろうよ。
(ジャルディン。あなた、男前なの?)
心底意外そうな顔をして、エトラはジャルディンの顔をしげしげと見つめた。
(侍女たちが美男だと騒ぐけれど、わたしには分からないわ。
どちらかといえば異国情緒よりも、沈鬱と物騒が勝った、捨て鉢な顔だと思うわ。
獲物をわざと見逃してお腹をすかせた偉そうな狼がこんな顔をしている。あなたに似ている)
どんな基準の人相判断だ。
しかし、ギリファム以下にとっては、傭兵が王女に気に入られたのには、
まさにそこに理由があると思い込んでいるようであった。
「あれを抱いたか。ええ?」
「本人に訊いてみろよ」、とジャルディンは応えた。
「調子に乗るなと云わなかったか」
口内が切れるほどの平手打ちを浴びせられた。腹蹴りを受けて、柱に頭をぶつけた。
バーレンが自分が殴られでもしたように、ひっと息を呑んだ。
王弟は縛り上げられたジャルディンの胸倉を掴み上げた。
「こいつをよく見張れ。
エトラツィアが抗うようならば、その時にこの男を利用してやる。
愉しみだな。あの手のご高潔な小娘は、自己犠牲に酔いしれるのさ。
牢にぶちこめ。そして、その姿をエトラのやつに見せてやるのだ。
混血の傭兵ひとりの命と引き換えに、あれは幾らでも俺さまの前に従順になってくれるだろうさ」
曳き立てられてゆく前に、ギリファムはジャルディンの耳を引っ張り、
膨らみきった野心の声を吹き込んだ。
エトラツィアも、ナイアード兄がどれほどえげつない男かを知れば、
兄と俺を比べて、とるべき道を迷うまい。
「兄はアマミリスに唆されて、卑しい愛妾を王妃の座につける気でいた。
そうなった時にこそ、俺はそれを口実に諸侯にも決起を促し、
兄とローリア侯に叛旗を翻すつもりでいた。
そこにエトラツィアの帰還の報せだ。
兄がエトラと結婚してしまえば、王位の正当性は揺るがせにはできん。
誰にももう文句が云えなくなる前に、
エトラを待ち伏せて亡き者にしようとしたのだが、気が変わった。
せっかくの手駒だ、王家の血を持つ貴重な女を生かして有効に使わぬという手はない」
ギリファムは鞭を手の中でしならせた。
エトラツィアの父親が誰かなど、俺にはどうでもいい。肝心なのは先王の王女の触れ込みだ。
王位簒奪?それもいいな。その時には、エトラに俺の子を生ませてやる。
王の呼称の上にあぐらをかいているだけの消極的な無能者に、この国を任せてたまるか。
あとは宮廷で腐るばかりの、こんな人生は俺は御免だ。
「トルマンもか?」
厭味と一緒に唾液を吐くと、血が混じっていた。
柱に打ち付けたこめかみが痛んだ。
何がカルビゾンの霧。たんなるお家騒動ではないか。
それでも、これで、エトラを弓で射た者も、写本に毒を塗った者も、
王弟ギリファムではないことだけは判明した、では、誰だ。
ギリファムはジャルディンを兵の中に突き飛ばした。
心配するな。俺はエトラを可愛がってやるつもりだ。
庶子の弟は爺婆どものご機嫌をとって、菜園いじりをするのに忙しくて、それどころではないとさ。
「こいつを連れて行け。傷め付けてもいいが殺すなよ。どこかのお貴族さまかも知れんからな」
わたしの周りは、敵ばかりだ。
エトラツィア。わたしの味方になっておくれ。
お前のお披露目が済めば、先王の王女に手出しをする者はいなくなる。
お前はカルビゾンの女王だ。
先王の血を受け継ぐ王女を妻にしたものが、カルビゾンの王なのだ。
誰にも文句は云わせぬ、わたしがお前を守るのではない。
お前が、わたしを守ってくれるのだ。
王冠がわたしたちを支えてくれる。
他国への侵攻よりも、自国の自治を、わたしは願う。
惜しい命ではないが、それでも、命あってこそだよ、エトラツィア。
負けるわけにはいかないのだ。
(アマミリスと息子を守る為に)
橋の上で抱きしめられたあの時、ナイアードの声なき声が聴こえたような気がした。
その為にカルビゾンに帰って来たのではないけれど、他に行く処もない。
戦いを。王冠を。
それは王族に生まれた限り、避けられない運命だ。
エトラは髪を耳にかけた。
愛を棄ててみせることも、また、その務めだろう。
それをして、誇りで勝つだろう。
わたしも選ばなければならない。
西の塔の王太后がそうであったように、ぬけがらとして生きるのが女王の役目であるならば、
それが女王としての戦いならば、王太后、わたしは貴女がそうしたように、
カルビゾン王家の女としてそれを果たしてみせよう。
王妃たるもの、愛妾には負けぬだろう。
この頭上に王冠を戴く限り、そうあるだろう。
エトラは窓の外を見た。
海が見たかった。まだ見たことがない。
「姫さま、よくお似合いでございます」
鏡の中に立っているのは、お披露目を控えた一国の王女の姿だった。
衣裳の仮縫いが終わると、今度は亜麻色の髪の侍女が、エトラの髪をその日に合わせて整えた。
「本当にみごとなおぐしですわ。
それに姫さま、ご覧下さい。こうしていたら髪が短いことも分かりませんわ」
亜麻色の髪の侍女は、白蝶貝で造られたかんざしをエトラの髪のために選んだ。
多少、色気過剰のきらいはあるが、存外に親身で親切な女だった。
それとも、同病相憐れむの心境でいるのかも知れない。
エトラの見ている前で、亜麻色の髪の侍女は、牢の中のジャルディンの頬に接吻をした。
麺麭と葡萄酒の入った籠を机の上におくと、何も云わずに、亜麻色の侍女は出て行った。
後ろにはギリファムとバーレンが立っていた。
二人きりにして欲しいと、エトラは頼んだ。
少女の水色の眸に気圧されて、ギリファムは冷笑を浮かべた。
そんな態度でいられるのも今のうちだぞ。
しかし、ギリファムは寛容にも、バーレンを伴って、牢の外に出て行った。
傭兵の手脚は鎖で壁に繋がれ、訪問者に危害を加えぬよう、
そこからは動けないようにされていた。
仲間を傷つけられた腹いせに兵士から殴られた痕があり、
壁に凭れて座ったまま、ひどく気分が悪そうだった。
亜麻色の髪の侍女に対抗するのではないが、エトラはジャルディンの前に膝をつき、
その額に口づけた。
乱れた黒髪の頭を支え、抱き起こしてやった。
「ギリファムは、お前に何と云った」
痛みに顔を歪めながらも、ジャルディンはしっかりした声をしていた。
傭兵の眼には力があった。
「水。口移しで」
エトラは、そうしてやった。
獲物を見逃してお腹をすかせた偉そうな狼は、差し出されたエトラの唇を上手に吸って、
一滴もこぼさなかった。少し痛かった。
冷たい水だった。
唇と唇がはなれると、精気を取り戻したジャルディンは、もう一度訊いた。
ばさばさの黒髪を振り、その眼光でエトラを捕えた。
「いいか、お前に付き合ったせいでこうなったとも、お前が悪いとも、
俺はお前のせいにしたりはしない。その代わりに答えろ。
ギリファムに何を要求された」
「何も」
「こんなことになっている、この俺に嘘をつくな」
「嘘つきは、あなたよ、ジャルディン」
こんな目に遭う超帝国の王子さまが何処にいるの。
傭兵を壁に繋ぐ鎖が不服の音を立てた。
必ずここから出してあげるわ、エトラは立ち上がった。
その為にも、わたしは決してギリファムには従わない。
牢獄の薄闇の中に、少女の髪は、光の冠のように輝いた。
「ギリファムはあなたを人質にしたつもりでいる。
だから、わたしはギリファムには従わない。
わたしが逆らっている間は、ギリファムはあなたを生かしておくわ。
わたしがギリファムに下れば、ギリファムは用のなくなったあなたを殺すでしょう。
だから、わたしはギリファムには従わない」
恭順と反抗を交互にして、うまくやってみせるわ。
そして、ナイアードの妻となり、カルビゾンの王妃となったその日に、
祝宴のその夜に、わたしはあなたを解放しに此処に来る。
「カルビゾンの女王として、牢獄の鍵を手に、その時には、もう誰にも邪魔はさせないわ。
初夜の贈り物に、あなたの解放を、王に願うわ」
「ちょっと待て。お前がギリファムをはねつけるのは勝手だし、
無理もないことだが、その間、ここで殴られ続けるであろう、俺のことも考えろ」
「それでも、殺されはしないわ。あなたがわたしの人質である限り。
ギリファムはあなたを生かして利用するわ。わたしを思い通りにする為に。
あなたを殺さないでと頼んだのよ」
「感激だ。いまいましいほどにな」
「昨夜、ギリファムの許に呼ばれたわ」
彼は寝所にわたしを連れて行った。
混血の傭兵がお前に触れたかと訊いた。
そこに落ちているわたしの肌着を洗わせるくらいのことはしたと、そう応えた。
「エトラ」
「嘘は云ってないわ」
ギリファムは、昔のままの彼だった。
すっかり脱いでしまう前に、もういいと、彼の方から眼を逸らしたの。
わたしがあまりにも彼の顔を見つめながらそうしたので、興が失せた顔をしていた。
夜着をわたしの肩にかけてくれて、もういい、お前は魔女ではないと云ったわ。
ジャルディン、あなたの故郷には、飢餓があったかしら。
カルビゾンには飢饉の年があった。
わたしはまだ生まれてはいなかったけれど、ナイアードも、ギリファムも、その時の悲惨を知っている。
木の根を煮詰めた粥をもう一度食べるような、そんな国にはしたくないと云った。
南方の国の幾つかを攻め落とせば、肥沃な土地が手に入る。
それにはカルビゾン一国の力では無理なのよ。
強国と同盟を結ぶことは、ギリファムの悲願だわ。
彼はその為に、ナイアードに強国の姫を正妃として娶らせようとしていた。
だから、わたしは彼にこう云った。
急ぐことはないわ、わたしがナイアードの妃となって子を生めば、
その王子なり、王女なりを大国と結びつけることで、
同じように婚姻による同盟は成立するはずだと。
先王の弟の血よりも、先王の直系であるわたしの子であるほうが、
その血の絆は諸国にとっても重きをなし、尊ばれるであろうと。
あなたがここで、わたしに手を出せば、
わたしを王妃の座から引きずり落とす代わりに、子々孫々にまで有効な、
カルビゾンの正統なる血脈を、次代に残すことはなくなる、そしてあなたが王位に就くことがあっても、
一度穢れた王家の血は、二度ともとの価値では計れなくなるだろうと。
「ギリファムはわたしに、考えてみると答えた。
口では何と云っているかは知らないけれど、彼は王冠が欲しいのではないわ。
彼がいちばん怖れていることは、ナイアードの治世が続くことではなく、
王の愛妾の養父ローリア侯が、愛妾の子を擁立して、その子を太子に立て、
王権を揺るがし、実権を奪い取ること。
ローリア侯はカルビゾンの発展など何も考えぬ、私利私欲に腐心する、
自己保全第一の変節漢だわ。
ナイアードお兄さまもそれはご承知で、ローリア侯に国を牛耳られないためにも、
アマミリスをあくまでも日陰においていたのだと思うわ。
そして、弟ギリファムが望む理想の国のかたちのことも、よく分っておられるわ。
それでも、王は、在位の間は内政強化を絶対の指針として、
無用な戦争を呼び込むであろう列強との同盟と、それに伴う、
他国の姫との婚姻を、断固として遠ざけておられます。
わたしがナイアードの王妃になれば、
生まれる子をギリファムの野心に差し出すことを確約することで、
強国との結びつきを求める急進派を抑えられ、そして、
ローリア侯の野心を打ち砕くことが出来るでしょう。
わたしは、王妃になります。ジャルディン、そして、あなたを自由の身にします」
「俺のことも考えろ」
ジャルディンはその手足を拘束している鎖を鳴らした。
俺がそれを望んでいるかどうかを考えろ。
何かを犠牲にしてまで、俺は自由にはなりたくない。
牢の外に出て行くエトラは微笑んだ。
子供のような笑顔だった。
あなたがもし、本当に超帝国の王子であるなら、何故そんなことを云うの。
「あなたは、一度、それを選んだのよ」
義務よりも、自由を。
(ジャルディン様----……。ジャルディン様!)
岸を離れた船は、港を出て、帆を広げた。
海岸線に沿って追いかけてくる騎馬を、ジャルディンは甲板から見ていた。
誰にも分からぬように出てきたのに、どうして分ったのだろう。
あれは、帝王の臣下だ。
実の兄のようにかわいがってくれた。
いつも冷静で柔和だった男が、すごい形相で、まるで泣きそうな顔をして、船を追って来る。
船を停めろと叫びながら、追いかけて来る。
海原と陸地に隔てられ、追いつくことは無理であることを知りながら。
(ジャルディン様!お戻り下さい、ジャルディン様)
(エクレム・クロウと申します、王子。王子をお護りいたします)
幼い王子の前に膝をつき、エクレムは、ジャルディンの足許にひれ伏した。
よい香りのする花木の影が、モザイクの床に透き通る色を映し、
エクレムと王子の居るところを、池の面のように変えていた。
(この帝国を照らす現人神。天地を統べる最強にして最高貴の方の、その御子よ。
亡き方のためにも、立派な王子にお育て申し上げます)
後宮の奥深く隠されていた女を、帝王はたまに、信頼篤い臣下を選んで、彼らに見せた。
駕籠の中の小鳥を蛇の前におくようなことをした。
そして、女を眼にした臣下の眼には賛嘆と欲情を、女の顔には、
帝王以外の男に視姦される恐怖をよみとり、その双方を見比べては、王は残酷に愉しんでいた。
それはいつも、突然に仕組まれた。
そしてその時から、帝王に仕える若者は忠実無比の、ジャルディンの守役だった。
母が死んだ後も、彼だけはずっとジャルディンの側にいた。
(ジャルディン様------……!)
帆を揚げた船はまたたくまに大海にのりだして陸地を遠ざかり、
守役の男の姿も、風と海岸線の彼方に見えなくなった。
訪問者が去った後で、獄吏の手で壁から鎖を落とされた。
手枷も足枷もついたままだったが、牢の中を動くことは出来た。
ジャルディンは亜麻色の髪の侍女が持って来た麺麭と葡萄酒を口にした。
牢の上部には鉄格子のはまった採光窓があり、手の届かぬ高みに、空があった。
船底から見上げる空も、ちょうどこのようだった。
水と光、石とモザイクの王宮の中から憧れた、外の世界。
日没に燃え上がる雲の流れ、吸い込まれそうな空の久遠を。
恋焦がれた故郷。
夕暮れをわたってゆく蝶の群れ。
後宮にいたあの女が、倖せであったかどうかは知らない。
想い出すのは、やさしい姿で、誰かを待っていたことだけだ。
その男との間に生まれた自分を、かわいがってくれたことだけだ。
東の塔を残照が染めた。
瞼の奥まで黄金に変えるような夕暮れだった。
エトラは指先を唇にあてた。むさぼられている間、息も出来なかった。
まだ痛かった。
眼を閉じていた。
眼を開けると、傭兵の眸があった。
血の味がしたのは、傭兵の口の中が切れていたからだ。
闇が落ちた。
切り込み窓に立つと、夜風が吹いた。
細長い空には、輝く星があった。
この淋しい静寂に、かすかな希望を抱いて、祈るものがいただろうか。
何を祈ればいいのか、分からなくとも。
------わが君。少しの間、あなたの腕の中で、夢をみました。
------懐かしい夢。ふるさとの。
もう二度と帰ることもない、あの空を。
晴れた黄昏に、音もなく砕けるような、あの雪を。
あなたとご一緒にみれたらと想います。
------つめたい口づけ。
ほかには何もいりません、なにも。
誇り高いあなたが一つだけ覚えて下さった、わたくしの国の言葉を、
もう一度、わたくしに囁いて下さい。火のように。愛していると。
[続く]
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